きもだめし

 聖南学園ミステリー研究部特別活動肝試し大会。宿直室を借りた泊まりがけの肝試しだとは聞いていたが、七不思議のあまりのしょぼさに部員達のやる気は段々と薄れていた。
 最初にまわった「飼育小屋の喋る動物」は校舎の改築で今では飼育小屋自体存在せず、2つ目の「プールから現れる河童」もプールに肝心の水が入ってなかった。「鳴り響く音楽室のピアノ」もピアノにいたずら防止の鍵がかかっていたし「理科室の動く人体模型」も小型化しており鍵のついた棚の中でちょこんと座っていた。残るは去年美月が騒ぎ今年は雅也1人で見回ることになった「外トイレの花子さん」に、美月と小早川の2人で調べることになった「屋上への踊り場にある未来が見える鏡」と、タツキと大介の2人が担当することになった「演劇部室の幽霊」の3つとなった。
「0時に何かが起こる、ってことらしいから、とりあえず0時から1分間その場で待ってみようか。その後は部屋に戻って寝る」
「つまんなーい」
「仕方ないよ、うちの学校の七不思議がくだらなさ過ぎたんだ。そんなにつまらないなら外トイレに行ってみるかい?」
 雅也の言葉に、美月は小早川にしがみついて首を横に振った。
「やだ行きたくない」
「そうかい。美月ちゃんは小早川君がいるから大丈夫そうだけど、君達は大丈夫なのかい?」
 美月が振り向くと、大介とタツキが手を繋いだまま黙り込んでいた。大介は顔色が悪く、タツキは珍しく大介の手を振り払おうとしない。
「だ、大丈夫ですよ先生。何が起きてもタツキさんは僕が守ります」
「大丈夫そうには見えないけど……何ならお札でも持っておくかい? 一応魔除けのお札なんだけど」
 雅也がズボンのポケットから紙を取り出した途端、小早川以外の3人が飛びかかってきた。
「い、一応持っておきます」
「こんなの持ってるなら最初から言ってよー」

 0時前の屋上の踊り場。お札を握りしめた美月と小早川は鏡の前に立ちじっと前を見つめていた。鏡に映る2人に変化はない。
「未来が見えるって、どういうことかな。私たち老けて映っちゃうのかなー」
「どうせ何も起こりません……って……」
「あれ……鏡の私、何だか背が伸びたみたい」
 美月は鏡に手を添え、そっと額をつけてみた。鏡の向こうの美月のほうが大きく見える。おまけに胸も大きく見えるし、スーツみたいな服を着ている。
「わわ、ホントに未来が映っちゃったみたい」
「そ、そうですね……」
 美月が小早川に目をやり、再び鏡を見た。映っているのは成長した「美月」だけ。
「あ、あれ、小早川君映ってない……?」
「は、早死にする、ってことじゃあ、ないんですかね……」
 時間が経ったのだろう、鏡に制服姿の2人が映る。2人は顔を見合わせ。
 悲鳴を上げた。

「安心してくださいタツキさん、貴女は僕が守りますっ」
 0時になった途端部屋の明かりが点滅し始めた演劇部室。大介は右腕でタツキを抱き寄せ、左手にお札を握りしめて時間が経つのを待った。しばらくして点滅は止み、暗い部屋の中を廊下の明かりがうっすらと照らしている。
「もう大丈夫ですよタツキさん」
 声をかけたがタツキは大介の胸に顔をうずめたまま動かない。大介の鼓動が早くなる。
「あ、あの、タツキさん。もう終わったみたいですよ」
 タツキからの返事はない。代わりに大介に抱きついた腕に力がこもった。
「こ、怖いようでしたらこのままでもいいんですよ。僕はずっと、貴女のそばにいますから」
「……ずっと……?」
「ええ、ずっと。ずっと一緒にいましょう」
「い……っしょ……」
「タツキさん?」
 大介が異変に気付いた時にはもう遅かった。タツキの体重がかかり尻もちをつく。身を起こす前にタツキの両手が大介の首を絞めた。
「タツキさ……ん」
 違う、タツキじゃない。大介の首を締め、大介の身体の上で脚を広げている恐ろしくてはしたない少女がタツキであるはずがない。となるとおそらく、演劇部の幽霊に憑りつかれたのだろう。大介は左手に握りしめていたお札をそっとタツキの脚に押し付けてみた。が、首を絞める手の力は緩まない。よく見たらお札も汗でくしゃくしゃになっている。
「タツキさん……おパンツ見えてますよ……」
 それでも力が緩まない。普段なら慌ててスカートを押さえるだろうに、脚を広げたまま両手でぐいぐいと大介の首を絞めつけてくる。
「ずっと……一緒……」
「あ、貴女じゃなくてタツキさんに言ったんです……っ」
「……ふふふっ……」
 首を絞める力が緩んだ。咳き込む大介の目の前でタツキが笑みを浮かべている。正確にはタツキに憑りついた演劇部員の幽霊だが。
「ホントにこの子の事、好きなのね」
「早くタツキさんを返してください……それにタツキさんの身体で変な事するのやめてください」
「あら貴方ずっと見てたじゃない」
 タツキ(に憑りついた幽霊)がスカートを持ち上げた。大介が慌てて顔を背けると、タツキの身体がそのまま倒れこんできた。
「やぁ大丈夫かい大介君」
 雅也の呑気げな声が聞こえてきた。もう大丈夫だ、助かった。

 大介は目を覚ました。どうやらもう夜が明けたらしい。聞こえてきた寝息の元を辿ると、すぐ隣でタツキが眠っていた。
「た……っ」
「おはよう大介君。タツキちゃん、君の事を心配してずっと隣にいたんだよ」
 のんびりとした雅也の声。よく見ると布団が並んでいて美月や小早川が眠っていた。
「タツキさんが、僕を……」
「君の首の跡を見て何があったか察したんだろうね。タツキちゃんには君がお札で除霊したって言っといたよ。タツキちゃんがパンツ丸出しで大介君の上にまたがって、大介君がパンツばっかり見ていたなんて一言も言ってないから安心しなよ」
「僕は見てませんよ!」
「そっかなー。でも君、幽霊と話したんだし中々才能あるんじゃないかな。どうだい、今度僕と2人で悪霊退治でも」
「いっ嫌ですよ」
 もったいないなぁ、と雅也が呟く。肝試しですら怖かったのに、自分からすすんで悪霊退治に巻き込まれるなんて御免だ。
「……先輩……?」
 タツキが目を覚ました。小さな声を漏らし目をこする様子に大介が見とれていると、不意にタツキと目が合った。
「あ、た、タツキさん」
「先輩大丈夫ですか、私、先輩に酷いことを」
「平気ですよ。ほら、見ての通り」
「でも首に痣が」
 タツキが近づいてきた。タツキの指が大介の首に触れる。大介は慌てて目を逸らした。
「い、痛みはありませんし問題ないですよ。それよりタツキさんこそ大丈夫ですか。幽霊に憑りつかれて、具合が悪くなっていませんか?」
「私は大丈夫です、先輩が助けてくれたって先生が言ってたから……先輩ありがとうございます」
「ど、どういたしまして」
 正確には雅也が解決したようなもので、ただただ首を絞められながら白い下着を見たり見なかったりしていたなんてとてもじゃないが言えない。そっと雅也のいる方に目をやってみたが、わざとらしい寝息が聞こえてきた。タツキはまだ心配そうにこちらを見ている。
「気にしないでください。こんなの、すぐに治りますよ」
 不安そうなタツキに笑顔を返す。つられて彼女も、少しだけ微笑んだ。

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