おまわりさんこのひとです
「……ちくちょうハメられた」
買い物袋を握り締め、千冬は歯ぎしりした。今朝のことだ。お釣りは全部あげる、につられてタツキから夕食のお使いを引き受けてみたものの、お釣りは100円ちょっと。当然タバコは買えず、安いビールで妥協しそうになるのをこらえて帰路につく。今度のお使いと合わせれば、多分タバコが買えるだろう。また少ないお駄賃でお使いを引き受けなければならないが。
「最近アホみたいに良い子になってる気がする」
起床就寝は義理の娘とほぼ同じ時間帯……プラス昼寝で睡眠時間は十分すぎるほど、仕事も小遣いもなく酒もタバコもろくにたしなめない。時々タツキの身体をベタベタ触ってからかってはいるが、タツキの母で千冬の元妻でもある葉月とは会えないまま。さらには美月に振り回されて外を駆け回ることも稀にあるわけで、かつて荒れていた時期とはうって変わって健康的な生活を送っている。ド派手に染めたはずの髪も、今では黒い根元が目立つ有様だ。せめて葉月さんかお小遣いがあれば。肩を落として歩く千冬の耳に、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「よっ、随分とマヌケな頭だな、千冬ちゃん」
振り返ると、根元まで水色に染まった短髪に垂れ目の男がへらへらと笑みを浮かべていた。
「……うげ」
「ハハ、人妻口説いてた千冬が中学生の女の子1人に振り回されてんだ」
「笑うなっ、ちょっとは懐いてきたし義理だけど娘だから手荒なマネ出来ないだけだ。他人だったら無理矢理手懐けてるさ」
「いや、無理でしょ」
「笑いすぎだ!」
相変わらずうるさいヤツだ。確か同い年か1個下かそんな感じだったはずなのにナマイキだ。こいつとはどうも合わない。俺より良いタバコ吸ってるし昔から若い女の子を何人も侍らせてたし嫌味ばっかりだし良いタバコ吸ってるし。
「……で、可愛いの? その義理の娘って子」
「ああ可愛いよ、あんまり葉月さんには似てないけど超美人だ……ってお前タツキちゃんのこと狙ってるんじゃないだろうな!?」
「へぇ、タツキちゃんっていうんだ」
半笑いの声が返ってきた。まずい、こいつを娘に会わせるわけにはいかない。そういえば、こいつが連れていた女の子達の中には学校の制服みたいな格好をした子がいた。タツキみたいな色気の無いまな板娘だろうが構わず手をつけるのだろう。多少気に食わないが、あの先輩とかいう男の子の方がよっぽど誠実で娘にふさわしいと思う、気に食わないが。
「う……だ、ダメだぞタツキちゃんに手ぇ出すのは。お前みたいなチャラいロリコンなんて相手にしないし、すげー真面目でイケメンな彼氏がいるんだ。俺だってお前みたいなロリコンに大事な娘は渡さんぞ」
「仲良くなれるといいなあ」
「人の話聞けやぁぁぁ」
もうすぐ家に着くというのにまだついてくる。時々回り道もしてみるが文句も言わずについてくる。
「おい、帰れよ」
「えー、タツキちゃんに会いたいじゃん」
「会わせねーぞお前なんかに……げっ」
中学生らしき子供が歩いている。下校時間と重なってしまったようだ。すれ違う女の子にも愛想を振りまいている、やっぱりこいつヤバイ。
「ホント帰れよ」
「別にいいけど、葉月だっけ? あのオバサン。確か苗字が伊藤で」
「葉月ちゃんはオバサンじゃねーし苗字は鬼頭!」
「そうそれ。この近くの表札見て鬼頭さん家を回っていきゃ会えるっしょ」
「ぐ……」
「単細胞だよねー千冬ちゃん」
ああ馬鹿だ、がっくりと肩を落とし、千冬は家に向かった。部活でもやってりゃまだ帰ってないだろうとたかをくくっていたが、玄関の前に彼女はいた。そういやミステリー部とかいう幽霊部活だったな。
「千冬、遅い」
「ちゃんと帰って待ってるハズだったんだよ、ちょっと邪魔が入ってな」
「すげー美人じゃん、よろしくね」
愛想笑いを浮かべ猫なで声で話しかける。それに対し怪訝な表情を浮かべる彼女。さすが娘だ。
「……誰?」
「こいつはただのロリコンで……」
「千冬ちゃんの友達だよ。そうだなぁ、ナツって呼んでよ」
「こいつに関わるなよタツキちゃん、お前には真面目でカッコイイ彼氏がいるんだからな」
「先輩は彼氏じゃない」
「おいおい」
千冬は声をひそめ、タツキの耳元で囁いた。
(頼むから話合わせてくれよ、あいつお前のこと狙ってるんだよ。あの男の子と恋人だってことにして諦めてもらわないと変なことされちまうぞ)
(……ああいう変な人が友達なの?)
(友達っつーか腐れ縁みたいなもんだけど)
「へぇ、お義父さんと仲良いんだ」
「違……」
千冬に促され仕方なく首を縦に振る。ナツと名乗った怪しげな男はタツキの手を取り手の甲にキスをした。
「いやっ……」
「可愛いなぁ」
「タツキちゃんに何やってんだよてめぇ」
手を掴もうとする千冬を軽々とかわし、ナツはタツキにニッコリと微笑みかけた。
「お義父さんの昔のこと知りたくなったらいつでも教えてあげる、だからまた会おうね」
「会わねーよ馬鹿」
去っていくナツに、千冬が吐き捨てるように呟いた。
「千冬……まともな友達いないの?」
手の甲を千冬の服で拭いながら、タツキは千冬をにらみつけた。
「あんな生意気なロリコン、友達じゃねーよ。タツキちゃんも気をつけろよ」
玄関の鍵を開けタツキを家に入れながら千冬は舌打ちした。本当に忌々しいヤツだ。