ごめんなさい

「はぁ……」
 ミステリー部部室。美月の隣の席に座るタツキを眺めながら大介はため息をついた。あれからお守りのことを言えないまま数日が過ぎてしまった。嬉しいことにタツキは例のお守りをカバンにつけてくれている。それだけに罪悪感が募る。美月は黙っていると言っていたが、お守りを見た他の子から赤いお守りの意味を知らされる可能性だってある。バレるのも時間の問題、なのに言い出せない。
「夏休み中に学校の七不思議を調べようと思うんだよね、去年は皆怖がって調べ切れなかったからさ。来週辺り泊り込みで調べる予定だから、皆スケジュール空けといてね」
 部活が終わった。声をかけようとタツキに近づく前に、美月がタツキを連れて雅也に話しかけ始めた。
「あ……」
 今日も言いそびれてしまった。ため息をつき、大介は部室を出た。

「まー君本気なのー? 七不思議なんてやめようよ、去年のトイレのやつ怖かったもん」
「とりあえず去年調べられなかったやつを優先するし、今年はタツキちゃんだっているから大丈夫だよ」
「むうぅ……」
 嫌そうにむくれる美月に、雅也は声をひそめて話しかけた。
「ところで最近、大介君が元気ないみたいだけど。この前タツキちゃんと内緒でデートしてたんじゃなかったっけ?」
「別にデートじゃありません」
 聞こえていたようで、タツキが返事した。心当たりはないかと訊ねると、首を横に振った。喧嘩したわけでもフラレたわけでもないようだ。
「タツキちゃんから話しかけてみたらどうだい、『様子がおかしいから心配してるの』って言っとけば大介君も悩みを打ち明けてくれると思うけどなぁ」
「……先輩の様子、見てきます」
「行ってらっしゃい。せっかくだから『いつもの先輩が好き!』って言って抱きつけば大介君喜ぶと思うよ」
「そんなことしません!」
 タツキが部室を出て行った。姿が見えなくなったのを確認し美月が口を開いた。
「大介君の自業自得だよー」
「美月ちゃん知ってるのかい」
「うん、あのねー」
 雅也の膝に座り美月が話し始めたのを、帰りそびれた小早川も気まずそうに聞き入った。

「……先輩?」
 靴箱の前でぼんやりと佇む大介に声をかけたが動かない。確かに、いつもよりおかしい。
「先輩」
 肩に触れるとようやく気がついたらしく、タツキを見て小さな悲鳴を上げた。
「た、タツキさんどうしてここに」
「先輩の様子がおかしいから、心配になって」
「タツキさん……」
 大介が泣きそうな表情になった。夏休み中とはいえ、補習や部活で学校に来ている生徒はいる。すでに靴箱のそばを通った大介の同級生らしき生徒がちらちらと不思議そうにこちらを見ている。
「あの、先輩。人目もありますのでどこかで」
「す、すみませんでしたタツキさぁぁん!」
 大きな声を上げて大介が抱きついてきた。ちらちらと様子を窺っていた生徒達も驚いた表情をうかべている。
「せ、先輩。周りの人が見てます」
「……ああ、すみません。移動しましょう」
 取り乱した生徒会長が後輩の女の子に抱きつき、しまいには手を引いてどこかに連れて行った。靴箱のそばに居た大介の同級生は皆ぽかんとした顔でその光景を眺めていた。
 しばらく歩き人気のない廊下で、大介はゆっくりと口を開いた。
「黙っていてすみませんでした、タツキさん。その、カバンにつけている赤いお守りなんですけど……願いを叶えるお守りじゃなくてですね」
 言いづらそうに俯き、ポケットから青いお守りを取り出す。
「この青いお守りと赤いお守りを持って一緒に鳥居をくぐったカップルは幸せになれる、という噂があるそうで、その……合格祈願じゃなくて、このために神社に行ったんです、騙したみたいになってすみません……」
 消え入りそうな声で呟く大介に、タツキは念を押した。
「私達カップルじゃありません」
「ええ、わかってます。ですがいつも貴女のそばには美月さんがいて、この前みたいに2人でゆっくり過ごすことなんてほとんど無いものですから、少しでもタツキさんと一緒に居られる時間が欲しくて、その、噂に頼ってしまいまして。本当に、すみませんでした!」
「やめてください土下座なんて」
 深々と頭を下げた大介のそばで、タツキがしゃがみ込んだ。促されて顔を上げた大介の目に、心配そうな表情のタツキが映る。見えそうなスカートの奥から目をそらし、大介はゆっくりと身を起こした。
「そんなことで悩んでたんですか」
「お、怒ってないんですか……」
「何度も言いますけど、私達カップルじゃありません。怒ってもないですし騙されたとも思ってませんから、早くいつもの先輩に戻ってください」
 タツキがじっと大介を見つめる。視線を感じ、大介の胸が苦しくなった。
「タツキさん……僕は、初めて会ったときからずっと貴女のことを」
 口を開いた大介の視界に美月が映る。その瞬間、
「タツキちゃん探したよぉっ」
 美月が叫びながらタツキに抱きついた。タツキが小さな悲鳴をあげ尻餅をつく。
「大丈夫? 大介君に変なことされてない?」
「別に何も」
「でも今タツキちゃんのパンツ見てるよ」
「嫌あっ」
 慌てて見ていない、と反論したがタツキの冷ややかな視線がつきささる。
「やぁ大介君、いつもの大介君に戻ったみたいだね」
 肩を落とす大介のそばに雅也が現れた。隠れて様子でも窺っていたのだろうか、3人を見比べてニヤニヤしている。
「様子がおかしいから心配してたんだよ、タツキちゃんと何かあったんじゃないかってさ」
「い、いや別に……」
「なんだか解決したみたいだし、いいけどさ。ところで七不思議の合宿の件なんだけど、大介君とタツキちゃんがペアでいいよね。女の子2人で行動させるのはちょっと心配だし、大介君も今年が最後だから大好きなタツキちゃんと一緒に行動したいよねー」
「ぼ、僕は別にそういう……」
「じゃあ大介君と美月ちゃん、タツキちゃんと小早川君でいいかな?」
「そっそれは嫌です!」
 去年みたいに美月に抱きつかれて苦しい思いはしたくない。
「じゃあ決まりだね。日付決まったら連絡するよ」
「まー君、怖いのは大介君のチームに任せてよー」
「うーん、そこらへんはくじ引きで決めようかなー」

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