お義父さん
「なぁ頼むよタツキちゃん、一緒に寝ようよ。パパすっごく寂しいんだよ」
声を震わせ、義父はタツキに抱きついた。
「変態っ」
巻きついてきた義父の腕を放し、タツキは夕食の支度を続ける。
「変なことなんてしないからさ、だって俺達親子だろう?」
「この前胸触ったくせに」
「あれは娘の成長を確かめるためでやましい気持ちなんて一切……そもそもぺったんこだったじゃないか」
「うるさい!」
蔑むような視線が義父に突き刺さる。ゾクリとした。
「……ごめんなさい。もうしないから、さ」
「……脚触った」
「だってぇ〜……ごめんなさい」
タツキがそっぽを向く。
「何も一緒にお風呂に入ろうとか今すぐ脱いでくれとか言ってるわけじゃないんだぞ」
「最低」
「ああ、そんなこと言ったら最低さ。ただ寂しくて寂しくて死にそうなパパの隣で一緒に眠ってくれるだけでいいんだよ」
「嫌」
「冷たいなぁ、そんなにパパのこと嫌いかい?」
「嫌い。だからどいて」
淡々と答え、皿に盛り付けた料理をテーブルに運ぶ。仕方なく義父も席に着いた。
「はい」
目の前に置かれた皿には山盛りのポテトサラダ。嫌い、といいつつも義父の好きな食べ物を多めに盛ってくれたのだ。思わず顔がほころぶ。
「ありがと」
笑顔を向けてみるが返事はない。無言で料理を口に運ぶ彼女の表情は、彼女の母親よりも大人びて見える。義父はじっと、彼女の整った顔立ちを眺めた。あまり母親には似ていないようだ。
「……何?」
視線を感じ、タツキが顔を上げた。黒目がちの目に見つめられ、義父は口ごもる。
「あ、えっと……。あ、あのさ、この前男の子来てたじゃん、顔は良いけど変な子が。あの子ってさ、タツキちゃんの彼氏?」
「違うっ!」
「ご、ごめん。あああとさ、食器の片付け、俺がやるからさ」
「別にいい」
「……」
あの男はもう眠ったのだろうか。
タツキは自分の部屋のベッドにもぐり目を閉じた。勝手に転がり込んで父親面するわベタベタしてくるわで迷惑している。母に用があるみたいだが、滅多に帰ってこないあの女を、あの男はいつまで待ち続けるつもりなんだろう。うとうとしてきたタツキの耳に、かすかな物音が届く。しばらくすると、ベッドのすぐそばで何かが動いた。
「……っ!」
「お、起きてたのか」
のんびりとした声とともに義父がベッドの中に入ってきた。
「何」
「いやー、可愛い娘と一緒に寝ようと思って」
「せまいから出てって」
「大丈夫だよ、ほら」
ぎゅっと抱きつかれ、タツキはもがいた。
「暑苦しい」
あからさまに嫌がってみるが、目の前の男は嬉しそうだ。嫌われている自覚が無いんだろうか。
「あー、また葉月さんと3人でこうやって並んで寝たいなぁ」
「父親面するなっ、それになんで、あんなおばさんと結婚なんか」
「おばさんじゃなくてお姉さんだろう。色々あった俺に唯一優しくしてくれたのが葉月さんだったんだ。一人じゃなくなったし、あんまりなついてはくれなかったけど可愛い娘もいて幸せだったんだけどなぁ」
「……母さんが、新しい彼氏連れて帰ってきたら、どうするの?」
「その時は……諦めるしかないさ。だからさ」
タツキから離れ、小さくて細い手を握りしめる。
「葉月さんが帰ってくるまででいいから、ここにいさせてくれ……ください」
「……変なことしたら、すぐに追い出すから」
「へへ、ありがと。あと俺のことパパって呼びづらかったらさ、名前で呼んでくれてもいいんだけど……ところで俺の名前知ってる?」
「……」
タツキが目を覚ますと、隣には誰もいなかった。目をこすりながら台所に向かうと、義父がタツキのエプロンを着けて朝食を作っていた。
「おはよう」
「……おはよ」
「もうちょっとだけ待ってろよ、おいしい目玉焼き作るから」
「……焦げかけてる」
「えっ」
結局タツキも手伝いながら朝食を済ませた。制服に着替え家を出る準備をしていると、美月の大声が聞こえてきた。
「タツキちゃーん、おはよーっ」
「朝から元気だなぁあの子」
なれない家事に疲れたのかテーブルに突っ伏した義父の隣をタツキは横切った。
「行ってくる……千冬(ちふゆ)」
「……おぅ。なぁタツキちゃん、ついでにハグとかキスとか、してくれてもいいんだぞ」
「変態」
振り返ることなくタツキは部屋を出て行った。