ミステリー部合宿

「おはようみんな。ちゃんと全員そろったね」
 朝6時半。それぞれ大きな鞄を提げたミステリー部員達が駅のホームに集合した。
「おはようございますタツキさん」
 いつもの笑みを浮かべ、大介はタツキの手を握った。
「うん……」
 まだ眠いのか、タツキは返事をしただけで手を振りほどこうともしない。いつもならここで「大介君ずるいー」と割り込んでくる美月も、雅也に背負われてすやすやと眠っている。元気なのは雅也と大介だけのようで、雅也のそばでは小早川少年が目をこすりながら欠伸をしていた。
「あ、この電車だ。みんなちゃんとついて来てよー」
 小早川の手を引き、雅也が電車に乗る。大介もタツキの手を引きながら後に続いた。
「小早川君はこっちね」
 雅也が美月を膝に抱えて座り、その隣に小早川が座った。雅也が気を使ったのかそれとも偶然なのか、その後ろに大介とタツキが座ることになる。
「タツキさん、もし良ければ僕の膝の上に座っても構いませんよ」
「それは嫌……」
 タツキは大介の手を振りほどいて隣に座り、数分も経たないうちに寝息を立て始めた。
「やっぱり寝顔も美しいですね」
 隣で眠る後輩を眺めながら大介は呟いた。いつも大介に向けられる不機嫌そうな表情とは違って無防備で可愛らしい。小さく開いた唇や長いまつげを見つめているうちに大介の顔が赤くなる。写真を撮ってしまいたい、と思った時、ちょうど前の方でシャッターの音がした。
「……何やってるんですか先生」
「ん? 見ればわかるだろう、美月ちゃんの寝顔を撮ってるんだ」
 雅也の持つデジカメの画面に、水色のワンピースを着て雅也の膝の上ですやすやと眠っている美月が写っていた。
「勝手に撮っちゃだめでしょう、それにその写真、どうするんですか」
「大介君、今回どうして1泊2日の合宿が出来たか知ってるかい? 本当なら去年と同じように近くの公園をまわって夜の学校に忍び込んで写真撮るだけだったんだよ」
「……確かにそれは、気になります」
 大した活動はしていないし、大会に出たりコンテストに応募したりした記憶もない。だから部費アップだなんて考えられない。
「去年の文化祭でさ、ミステリー部の写真展示のついでに美月ちゃんに座敷わらしの格好させたでしょ、着物着せて。あれを見た学園長が美月ちゃんのこと気に入ったみたいでね、遠くに合宿させちゃうから心霊写真と一緒に美月ちゃんの写真もお願い、ってさ」
「本当ですか、それ」
 大介はため息をついた。本当だとしたら碌な教師がいない。
「まぁそれは冗談だけど。今回の合宿はね、ミステリー部のおかげでお孫さんが明るくなりつつあるからそのお礼みたいなもんだって」
「お孫さん?」
 大介は思わず視線を斜め前に向けた。タツキの前の席に座っている彼も、どうやら眠りこんでいるようだ。
「小早川君、学園長のお孫さんなんだってさ。反抗期が早かったみたいで遅刻ばかりしてたらしいよ。でも最近は君達のおかげでちゃんと遅れずに学校に来られるようになったんだって」
 雅也は隣で眠る小早川を見た。反抗期とは程遠い幼い表情ですやすやと眠っている。
「君達といっても、ほとんどタツキさんと美月さんのおかげなんですけどね」
 初めて会ったときに見せた周りは皆敵、といわんばかりの険しい表情もミステリー部に入ってからは和らぎ、少年らしい表情を見せることが増えた。2人の女子生徒によくなつき、特にタツキとは大介が間に入り込めないくらい仲良くなっている。
「そういうワケだからさ、新聞部にトップ記事にしてもらえるようなスゴイ写真撮っちゃおうね」

 気持ち良さそうに眠っている部員達を起こして電車を降り、少し歩いたところで旅館に着いた。純和風の、品の良さそうな旅館だ。1万前後しかない部費では到底泊まることなんて出来ないであろう綺麗な旅館。校長持ちだとは言っていたが本当に宿泊費は大丈夫なのだろうか。
 襖で男女別に分けられた部屋に荷物を置き、一息ついたところまでは良かったのだが。
「さ、海に行こうか」
 顧問のその一声でまた暑い中を歩き、そばにある海水浴場に着いた。
「なんだい2人とも。服装は自由だって言ったのにさっきもお揃いの制服だったし。もう付き合っちゃいなよ」
「やっぱり僕たちお似合いなんですね」
 大介に微笑みかけられ、タツキはうつむいた。持ち物リストの中に書かれていた水着(柄・形は自由)。出発時の制服に続いて見事に大介とかぶってしまったのだ、学校用の水着が。小早川は柄のついた青い水着を、美月はフリルの付いたピンク色の水着を身に着けている。
「で、何で先生まで水着を」
「そりゃあ君達とスキンシップを取るためさっ」
 心霊写真撮るなら撮っといてね、とだけ残し、雅也は海に向かって走り出した。後を追うように美月が、小早川の手を引っ張って走っていく。
「どうしますタツキさん……っ」
 大介は振り返り青ざめた。タツキの隣に知らない男性がいる。男性は親しげにタツキに話しかけているが、タツキの表情は変化しない。多分知り合いでもなんでもないのだろう。
「行きましょうタツキさん」
 彼女の手をつかみ男性から逃げるように走る。なんだ彼氏いるのか、と聞こえたような気がする。
「ふふっ」
 思わず笑みがこぼれた。彼氏に見えるんだ。唯一の成人も自称親友も全く役に立たないではないか。僕だ、僕がタツキさんをしっかりと守らなければ。
 日陰になる場所を探し、彼女を座らせる。そのそばに座りそっと彼女の手を握った。
「大丈夫でしたかタツキさん」
「うん……ありがとうございます先輩」
「どういたしまして」
 胸がドキドキする。嬉しい。思わず握った手に力が入る。
「あの、タツキさん。今夜の肝試し、もし良ければ僕と一緒に……もちろん美月さんとペアを組む約束でしたら仕方がないのですけど」
 思わず早口になる。何にせよ美月に先を越されるのだろう。
「まだ時間はありますし、美月さんとも相談してからでいいですから」
 顔が熱い。思わず目を背けると、ずぶ濡れの小早川がこっちに向かって走ってくるのが見えた。
「こ、小早川さん!?」
「部長……タツキちゃん……殺されるかと思ったあぁぁぁ」
 泣きそうな声を上げタツキに抱きつく。
「冷たい」
「あ、ごめん。でも本当怖かったー」
 タツキにくっつき震える小早川を、タオルを持ってきた大介が引き離す。小早川はタオルにくるまったままガタガタと震え続けていた。多分美月に腕をつかまれたまま海の中を引きずり回されたのだろう。
「あっ、いたいた」
 しばらくすると、3人の姿を見つけた美月が走りよってきた。大介は美月から視線をそらし、小早川を介抱した。まだ震えてはいるものの頬に張り付いていた髪が乾きつつある。
「ごめんねっ」
 美月がぎゅっと小早川に抱きついた。大介からは美月の胸で小早川の表情が見えない。タツキからは小早川が足をばたつかせているのが見える。殺されるかもしれない、と美月以外は思った。

 和食がメインのおいしい料理の後、一同は雅也に連れられ薄暗い山道を歩いた。
「ここがスタートだからね。途中に切り株があるから、その上に置いてあるお札を取って帰ってくること。だいたい一本道だから迷子にならずに帰ってこれるはずだよ。じゃあ僕は旅館に戻るから、10分後にスタートしてね。二人一組でよりスゴイ心霊写真を撮ったほうが勝ちだよ」
 とだけ残し雅也は帰っていった。
「あの、皆さんどういう組み合わせで……」
「大介君が決めなよ」
「えっ」
 美月にあっさりと返され、大介は拍子抜けした。
「大介君3年生でしょ、来年は卒業しちゃってるしこれで最後なんだから大介君が好きな人と組みなよ」
 卒業、最後。そのフレーズが引っかかるがありがたい話だ。タツキの手を取りペアに誘うと、小さな頷きが返ってきた。2つある懐中電灯のうちの1つを美月に渡し、大介は満面の笑みを浮かべて出発した。
「行きましょうタツキさん。美月さん、小早川さん、行ってきます」
「がんばってね〜」
 美月は2人に向かって手を振った。しばらくして2人の姿が見えなくなると、ニヤリと笑みを浮かべ、ぼーっと突っ立ったままの小早川の肩に後ろから飛びついた。
「わっ」
「う、うわあぁぁぁぁ!」

「……今何か悲鳴のような声が聞こえませんでしたか?」
 びくりと身を震わせたタツキの手を、大介はそっと握り締めた。
「大丈夫ですよタツキさん、僕がそばにいますから安心してください」
「先輩手に汗かいてる」
「そ、そんなことありませんよっ。さ、写真を撮ってお札を見つけて、早く戻りましょう」
 握った手は振りほどかれない。まるで夢のようだ、大好きな彼女と手を繋いで歩くことが出来るなんて。
 そう思うと、去年の合宿はとても酷かった。雅也の悪ふざけを真に受けた美月が、怖がってずっと後ろにくっついていたのだから。暑苦しいしうるさいし、背中に何か当たってるしで散々だった。そんな美月から解放されたのはいいことだが、彼女とペアを組む小早川が心配でもある。
「あ、タツキさん。お札です」
 タツキの手を引き切り株に近づく。お札は4枚。よく見ると糸のようなものが付いているようないないような。
「先輩」
「大丈夫ですよ、僕が取りますから。タツキさんはここでじっとしていて下さい」
 タツキの手を握ったまま、もう片方の手を切り株に伸ばす。2枚のお札を取り引くと、ぐん、と手ごたえがあった。やはり糸か何かで細工してある。このまま引くとタライでも降ってくるのだろうか。
 ガシャン!
 手ごたえがなくなった途端、すぐそばで大きな音がした。目をぱちくりさせる大介に、タツキがくっついてきた。
「タツキさん……」
 薄暗くてよく見えないが、タツキが頬を染め、目を潤ませてこっちを見ている……ような気がする。思わず抱きしめ、顔を近づけようとしたが、後方ペアのシャッター音がうるさい。
「……先輩、早く帰りましょう」
 落ち着いてきたのだろう。タツキは大介から離れ、手を引いて旅館へと向かった。

「むーっ、あの2人さっきチューしようとしてたっ」
「早く進みましょうよ美月先輩」
 小早川はあきれた様子で切り株に向かう。確かお札を取ると大きな音がするんだっけ。辺りをうかがいながらお札に手を伸ばす小早川を押しのけ、美月がお札を取った。
「えいっ」
 ガシャン!
「きゃあっ!」
 美月が抱きついてくる。胸を押し付けられ小早川は窒息しそうになった。
「さっき部長がお札取った時のこと忘れたんですか美月先輩」
「あ、そういえば……えへへ、音が鳴るのすっかり忘れてた」
 ごめんね、と謝るものの美月は小早川に密着したまま離れようとしない。先に出発した先輩達も珍しく繋いだ手を離そうとしないし、この人たち本当にミステリー部の部員なのだろうか、と小早川は不安になってきた。

「……疲れた」
 部屋に戻ったタツキは2つ並んだ布団――女子用の布団に倒れ込んだ。
 肝試しから戻ると、雅也は呑気に旅館の女将さんと談笑していた。それを見た美月の機嫌が悪くなったが、温泉の存在を知り大はしゃぎ。すぐにタツキを連れ女湯へと向かった。美月に身体中をベタベタ触られ、湯の中をぐるぐると連れ回されてぐったりしたタツキが部屋に戻ると、すでに男性陣は風呂から戻ってきていた。ニヤケ面の雅也と目が合う。
「さすがだねぇタツキちゃん、パジャマまでお揃いだ。もう結婚しちゃいなよ」
「またお揃いですねタツキさん」
 体操服姿の大介に微笑みかけられ、タツキはため息をつく。今日はもう何もしたくない。枕に顔を埋め、きゅっと目を瞑る。
「どうせなら君も美月ちゃんみたいな可愛いパジャマにすればよかったのに。あーいうフワフワした服、君にも似合うと思うけどなぁ。ねっ大介君」
「ええ、タツキさんならきっと似合いますよ」
 手を握ろうとする大介から身をかわし、タツキは寝転がったまま美月に視線を移した。布団に寝そべっている美月は、袖や裾に小さなレースの付いたふんわりしたパジャマを着ていた。つまらなさそうにゴロゴロと転がり、そのせいで裾がめくり上がりパンツが見えている。
「朝野、パンツ見えてる」
「うみゅー……あ、そうだタツキちゃん!」
 美月が転がってきた。裾も直さずにタツキに寄り添い、腕をタツキの身体に絡める。
「ね、一緒に寝よっ」
「ええっ、君たち枕投げしないのかい」
 別にいい、とタツキが返事する前に雅也は女子2人に向かって枕を投げた。飛んできた枕を起き上がった美月がキャッチして投げる。
「タツキさん、僕が守りますから大丈夫ですよ!」
 タツキのそばに駆け寄った大介に、雅也の投げた枕が当たる。
「やったなまー君っ」
 美月が枕を拾う。振りかぶりそばにいた大介にぶつけてから投げた。
「今のわざとですよね!?」
 美月が投げた枕を雅也がキャッチする。雅也のそばでは小早川が眠そうに目をこすっている。
「……めんどくさい」
 布団をずらし、一同から少し離れてタツキは眠りについた。

 大介が目を覚ますと、すぐそばでタツキが眠っていた。叫びそうになるのをこらえ辺りを見回す。確か枕投げをしていて、途中で眠くなって……。
「うーん……」
 うめき声のする方に目をやると、布団にくるまった小早川が眉間にしわを寄せて眠っていた。近くに枕が転がっていて、小早川の身体の上には誰かの脚が乗っている。その先を辿ると美月のパンツが見えた。手足を思う存分に広げて眠る美月は雅也のもじゃもじゃした髪をつかんでいる。雅也は美月の胸の上に手を置き布団を蹴飛ばして眠っている。非常にだらしない。大介は苦しそうな小早川の上に乗った美月の脚をどけ、雅也と美月に布団をかけた。途中で寝返りをうった小早川の表情は先程よりいくらか和らいでいるように見える。一息つき、大介は自分の布団に戻った。

「いい写真があればいいんだけどなぁ」
 帰りの電車の中で、雅也はデジカメを弄っていた。隣には熟睡中の小早川。後ろの席には美月とタツキが、その後ろには大介が座っている。
「ずるいですよ美月さん、タツキさんの隣で手を繋ぐなんて」
「大介君こそずるいじゃん、タツキちゃんの隣で寝てたもん。ねぇタツキちゃん大丈夫、大介君に変なことされてない?」
 タツキの顔を覗きこむと、ゆっくりとした小さな頷きが何度も返ってきた。どうやら彼女も眠りについたようだ。
「むぅっ」
「後でタツキさんにもう一度訊いてみてください、僕はやましい事など何もしていませんから」
「……それにしても、タツキちゃんの寝顔って可愛いなぁ。チューしちゃおっかなぁ」
「美月さん!」
 大介は身を乗り出し、前の席の2人の後輩に視線を注いだ。可愛い後輩の睡眠が妨げられることなどあってたまるか。愛しい後輩に熱い視線を送りつつ、その隣で彼女にちょっかいを出そうとする後輩を注意深く監視する。
「そんなに見ないでもいいのにー、タツキちゃんは大介君の彼女じゃないんだし」
「今は違いますがいずれは……っ。貴女こそ如何わしい真似はやめてください」
「いかがわしくなんかないもん、私とタツキちゃんは一緒にお風呂に入った仲なんだよっ」
「お、お風呂……」
 慌てて鼻を押さえる大介に、美月は勝ち誇ったような笑みを向けた。
「タツキちゃんって細くて脚綺麗で温かいんだよ〜」
「な、なんと……っ」
「……うるさい」
 2人の騒ぐ声に目を覚ましたタツキが軽く睨みつけてきた。
「起こしてしまってすみませんタツキさん。美月さんが貴女に如何わしい事を」
「ねーねー大介君がちょっかい出してくるんだよー、ひどいでしょ〜」
「朝野はそんな事しない、し、変なことしてくる先輩は、嫌い……」
 声は段々小さくなり、タツキは再び眠ったようだ。
「もう、大介君静かにしててよね」
「貴女こそタツキさんにベタベタ触らないでくださいよ」

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