かみさまふたたび
もう少しだ。
時計をにらみつけながら、俺はぎゅっと唇を噛みしめる。
朝野さんにバレないようにこっそりと渡した手紙は読んでもらえたのだろうか。
いつものように、俺の告白を頬を染めて受け入れてくれる彼女の姿を想像する。イメージトレーニングはばっちりだ。
憧れの朝野さんにフラれ、茶色いスリッパに襲われた俺だがこの程度でめげるような人間ではない。あの日以降も、朝野さんの愛らしい姿に熱い視線を送り続けてきた。が、毎日視線を送り続けているうちに新しい恋に目覚めてしまった。
鬼頭タツキ。朝野さんの友人で、明るく可愛くて巨乳な朝野さんとは違ったタイプの美少女だ。物静かで頭が良くて、ぼーっとしたところもあるが美人で、総合学習の時間には俺が落とした消しゴムを拾ってくれた。優しくて、人の悪口ばかりを言うクラスの女子とは大違いである。朝野さんが以前、彼女のことが好きだと言っていたがその気持ちも今ではよくわかる。心優しい鬼頭さんならきっと、俺の告白にもOKしてくれるだろう。
チャイムが鳴り、放課後になる。すぐに教室を飛び出し隣の教室に急いだが、鬼頭さんのそばにはすでに朝野さんがいた。いつもなら眺めるだけで顔がほころぶ憧れの人だが、今回ばかりは朝野さんもライバルだ。様子を窺っていると、このクラスの担任の青山先生が2人に近づいてきた。
「美月ちゃーん、宿題出てないみたいなんだけど」
「あ、まー君……えへへへ」
きまり悪そうに笑う朝野さんも可愛い。頬が緩み、思わず心がぐらつく。ダメだダメだ。
「笑ってごまかしてもダメだよ、ちゃんとノート出さないと」
「だって難しくて解けないんだもん。まー君教えてよー」
「仕方ないなぁ」
青山先生に抱きつき甘える朝野さんの腰を、先生が慣れた手つきで抱く。やっぱり噂通り付き合ってるのだろうか、それでも俺は信じない。信じたくない。
鬼頭さんはいちゃつく2人を冷めた目付きで見ている。イケメンだのカッコイイだの言われてる青山先生にあんな視線を送るとは。ますます好感度が上がっていく。
「ああ、いかん」
うっかり声を上げてしまった。青山先生が朝野さんを連れて行った今こそチャンスだ。
「あのっ鬼頭さん」
彼女の腕をつかみ教室の外へと連れ出す。体育館――には苦い思い出がある。人通りも少ないことだしもう渡り廊下でいいや。
「鬼頭さん、俺、鬼頭さんのことが好きですっ付き合ってくださいっ」
「えっと……ごめんなさい」
そう返事した鬼頭さんの頬は赤くなく、微笑むどころか困ったような表情をしている。そんな表情も美しい。
「どっどうしてっ、まさか他に好きな人でも」
「違う」
「もしかして生徒会長と、」
「それ違うっ!」
不機嫌そうな返事。睨みつけるような視線。一体どうしたんだろう。
「僕のことが好きで好きでたまらないんだよねぇ」
「うわあっ」
いつの間にか俺の背後に青山先生がいた。先生は俺には目もくれず、馴れ馴れしく鬼頭さんの肩に手を置く。正直羨ましい。鬼頭さんは嫌そうにしているけど。
「だけど僕が教師だから言えずにいる」
「違う」
「いいんだよはっきり言っても。僕もキミのことが大好きなんだから」
先生が身をかがめ、鬼頭さんの頬に軽くキスした。いいのかそれ!
固まった鬼頭さんを先生が抱え、お姫様抱っこする。絵になっているのがなんか腹立つ。
「ずるいですよ先生、朝野さんと付き合ってるくせにー」
「噂だろう? それよりキミ、色んな女子生徒に言い寄ってるみたいじゃないか」
「うっ……」
我に返った鬼頭さんが、先生と俺に冷たい視線を送る。何だろう、すごくゾクッとする。
「離して下さい」
「何照れてるんだい、嬉しかったんだろう?」
「嬉しくないっ」
暴れる鬼頭さんをしっかりと抱え、先生が俺のほうを見た。
「そんなに急がなくてもいいのに。あんまり女の子に声かけまわってると悪い噂がついちゃうよ。さ、タツキちゃん、一緒に部室に行こうか」
きびすを返し、先生が立ち去る。カッコ良すぎて腹が立つ。
「離して下さい、どこ触ってるんですかっ」
「どこって、肩と太ももだけど」
呑気に呟く雅也の頭に、ガツンと何かが当たった。タツキが下に目をやると、シューズが1足落ちていた。1足といっても片方は女子の、もう片方は男子のシューズだ。
「まー君ずるいー」
「何やってるんですか先生」
ふくれっつらの美月と真っ赤な顔の大介が雅也を睨みつけていた。
「早くおろしてあげて下さい、タツキさんのっ……その、パンツが見えてますから」
「なっ……嫌っ!」
雅也に頭突きを食らわせ、タツキはスカートを押さえてしゃがみ込んだ。
「タツキちゃんのほっぺにチューするなんてずるい」
美月はタツキの頬をハンカチで拭い、音を立てて唇を押し付けた。タツキの頬が美月のヨダレで濡れる。
「朝野汚いっ」
「汚いのはまー君だよっ、お勉強中に1人でどっかに行っちゃうんだもん。見つけたと思ったらタツキちゃんにあんなことしてー」
「そうですよ、可憐なタツキさんに何てことするんですか」
「落ち着こうよ2人とも。とりあえず部室に行って部活始めようか」
責めてくる2人をなだめようとする雅也の両腕を、美月と大介がそれぞれがっちりとつかんだ。
「そうだね、一緒に部室……行こっか」
「詳しいお話はそこで聞きましょう」
「どうしたんだい2人とも……あ、痛っ、腕がちぎれる」
そのまま部室へと引きずられる雅也を見ながら、タツキは冷たくなった頬を拭った。