かみさまおねがい
予定よりも長引いたホームルームから解放された大介は教室を飛び出し、ミステリー部の部室である生徒会室に向かって走り出した。
他の部員はもう部室に来ているだろう。初めて会って以来ずっと想いを寄せている愛しい後輩もきっと、部室で大介が来るのを待ちわびているはずだ。
「こんにちはタツキさあぁぁん、今日も美し……」
生徒会室に駆け込んだところで大介は動きを止めた。
大介の目に映ったのは3人ではなく2人。他の教室と同じように机と椅子が並ぶ部屋で、2人の後輩は隣同士に座っていた。1人は長い黒髪の少女で、もう1人は金髪の少年。大介には2人が肩を寄せ合っているように見えた。
「た、タツキさんに小早川さん……。僕のいないうちにそんなに親しくなっていたなんて……」
「ちっ違います部長、別に俺とタツキちゃんはそんなに親しくないし……。今だってコイツが気になって、一緒に調べてただけですよっ。ひょっとしてコイツ、呪いの人形ですか?」
大介の言葉に反応し、小早川が顔を赤くして捲くし立てた。なるべくタツキの方を見ないよう意識しながら、20センチくらいの大きさの「コイツ」を大介の前に掲げる。
「ああ、そのお人形さんでしたら美月さんがホワイトデーに青山先生からもらったって言ってましたよ」
「もらったって……今年のホワイトデー、ですよね」
今は7月で、美月は2年生。もらったのは1年の3月で間違いないのだろうけど、4ヶ月しか経っていないのに人形はすでにボロボロで、ところどころがかすかに白い他は犬なのかクマなのかもわからないくらいに汚れていた。
「ええ、今年です。今ではこうやって生徒会室に飾ってあるんですけど、以前は毎日持ち歩いていましたからね。ところでタツキさん、いつも貴女にべったりくっついて僕達の邪魔をする美月さんがいないようですが」
「触らないでください変態。朝野なら知らない男子に呼ばれて出て行きましたよ」
「きっと今頃愛の告白を受けているんでしょうね。タツキさん、邪魔者のいないうちに僕達ももっと仲良くなりましょう」
大介はタツキに抱きつき、ぎゅっと腕に力を込めた。彼女の体は想像していたよりも細く、頭に顔を近づけると良い匂いがした。
「はーなーしーてーくーだーさーいー、後輩が見てるじゃないですか」
「それはつまり、誰も見ていなければいつでもこうして良い、ってことですか?」
「違います」
「タツキちゃんが嫌がってるじゃないですか部長。それより校内探索しましょうよ、学校の七不思議について調べるって言ってたじゃないですか」
「ああ、そうでしたね」
大介が力を緩めた隙にタツキは彼の腕から逃れた。が、ほっと一息つく前に大介がタツキの両手を握ってきた。
「さあ、一緒に校内を探索しましょうタツキさん!」
体育館の近くまで歩いたところで、美月はポケットから手紙を取り出した。手紙には放課後にここに来るよう指示している他は何も書かれていない。すでに部活が始まっているからか人の出入りも少ない。
「肝試しでもするのかなぁ」
しばらく待っていると一人の男子生徒が走ってきた。美月を見るなり、良かった来てくれたと嬉しそうに呟く。
「ねえ、私に何か用なの?」
美月は首を傾げながら目の前にいる男子生徒を見た。美月の隣のクラスである男子生徒は、美月の大きな目に見つめられ赤面する。
「あ、あの朝野さん……僕と付き合ってください。僕前から朝野さんのことが好きで……」
「ごめんね」
「えっ……」
男子生徒が目を丸くして美月を見ている。美月はもう一度、ゆっくりと言い聞かせるように口を開いた。
「だから、ごめんね」
男子生徒は口をパクパクと小さく動かし、顔を赤くしたまま美月の手を握った。
「でっでも朝野さん彼氏いないって」
「私タツキちゃんのことが好きなの」
「鬼頭さんは女じゃないですかあっ」
大介君みたい、と美月は思った。毎日面倒臭そうな顔で大介の手を引き離すタツキの気持ちが少しわかったような気がする。
「お友達からでいいんです、僕と一緒に……」
手を握ったまま美月に近づこうとした男子生徒の目の前に、茶色いものが降ってきた。男子生徒は美月の手を放し後ずさった。
「うわああ!」
美月が目をぱちくりさせて見ると、来客用の茶色いスリッパが落ちていた。見上げると体育館の窓が開いている。美月は自由になった手を男子生徒に向けて振り、校舎に向かって走った。
「とにかくごめんね!」
「つまり、上からこのスリッパが落ちてきた、というわけですね」
「そそそ、そうです!」
校内探索に出た3人は、早速体育館のそばで尻餅をついている怪しい男子生徒を発見した。大介は彼から話を聞き、小早川が問題のスリッパを撮影する。
「空から降ってきたとは思えませんが……。体育館の窓はどうでしたか? 今は閉まっていますけど、これが降ってきたときは開いていた、とか」
「というかそれ以外に考えられないじゃないですか」
「あ、ごめんなさい。窓までは見てないです……」
男子生徒がうつむく。大介は辺りを見回した。
「そうですね、他に誰か目撃者がいればいいのですが……あの、他に誰かこの近くにいませんでしたか?」
大介の問いに、男子生徒はびくりと体を震わせ、
「あ、み、見てないです。多分誰もいなかったと思います」
ぶんぶんと強く首を横に振った。皆さんと同じミステリー部の朝野さんと一緒にいて、告白してフラれました、なんて言えない。
「そうですか。じゃあ次は体育館の中にいたバスケ部とバレー部の方にお話をきいてみましょうか」
ミステリー部の取材から解放され、男子生徒はほっと一息ついた。
「遅くなっちゃった」
男子生徒を置いて教室に戻った美月は、教科書を鞄に放り込んで部室に向かった。駆け足で部室に辿り着いたが、部屋には3つの鞄が置いてあるだけで誰もいない。
「もう、皆私のこと置いて出てっちゃうなんて……いじわる」
鞄を置いて出て行こうとしたとき、そばの机の上にうつぶせになっている人形を見つけた。
「あ、マックス!」
ぐったりと寝そべっている人形を持ち上げ、ぎゅっと抱きしめる。
「さっきスリッパ落としたの、マックスでしょ? いつも助けてくれてありがと」
人形の鼻の辺りにキスし、もう一度しっかりと抱きしめる。
「美月ちゃんにチューしてもらえるなんて幸せ者だなぁマックスは」
美月が振り返ると、雅也が一番後ろの右端の席に座っていた。
「まー君、いつからいたの!?」
「さっき来たばかりだよ。皆なら今頃体育館前にいるんじゃないかな、何かあったみたいだし」
あのスリッパのことだろうか。
「まー君ありがと、行ってくるね」
人形を抱えたまま美月は部室を出た。
体育館に向かう廊下の途中で、美月はミステリー部の部員3人に会った。
「皆ごめんね、もう体育館調べるの終わっちゃった?」
「ええ、どうやら事件前後に体育館に出入りした人がいるようなので、多分その方がスリッパを落としたのかと。残念ながら心霊現象ではないようです。ところで美月さん、何故僕達が体育館にいるとわかったんですか?」
「まー君がね、皆が体育館の前にいると思うよって言ってたの」
「美月先輩、体育館の事もう噂になってるんですか」
「……青山先生が?」
大介は首をかしげた。体育館に出入りした謎の人物に、何故か事情を知っているらしい顧問。
「まさか……先生が?」
「違うよ、きっとこのマックスがやったんだよ。あの人ちょっとしつこかったから、スリッパを落として私を助けてくれたの」
「それって、美月さんが一部始終を見てたってことに……?」
「うん、見てたよ」
「何ですって! く、詳しく説明してください!」
「ええー、別に幽霊なんて出てこなかったのにー」
大介が美月の手を引く。きっと体育館前で、説明を交えて再現しなくちゃならないのだろう。美月は人形を抱える腕にぎゅっと力を込め、大介についていった。