はじめてのともだち
部屋の窓から見える新築の家を眺めながら、潤はぼんやりと呟いた。
「今日引っ越してくる人、可愛い子だったらいいなあ」
「可愛くてもスカートめくったらダメだよ」
双子の兄・雅也も新しい隣人の事が気になるようで、窓の先をじっと見つめている。2人の部屋の窓から見えるお隣さんの部屋は、レースのついたカーテンで見づらいが可愛らしい家具が置かれているように見える。
「可愛い女の子かおねえさんだったらいいなー」
可愛らしい部屋には誰もいないようだ。それでも目を凝らして部屋を見つめていると、玄関のチャイムが鳴った。
「隣の人かな」
2人が玄関に駆けつけると、母親と会話する見慣れない女性がいた。幼い顔立ちに、頬にかかる黒髪。1〜2歳くらいだろうか、小さな子供を抱えている。
「まぁ、双子? 可愛い!」
女性の笑みに、雅也の頬が緩む。
「2人ともちゃんとあいさつしなさい。お隣に引っ越してきた鬼頭さんよ」
「こんにちはー。青山潤です」
「僕は青山雅也……その赤ちゃん、おねーさんの妹?」
「妹だなんて。あたしの娘よ」
「むすめ……」
2人は目をぱちくりさせて女性を見た。娘ということは、このおねーさんがお母さんで……。
「ねぇ、2人とも今いくつ?」
「「4歳」」
おねーさんこそ何歳だよ、と聞きたくなるのをこらえ2人は自分の年齢を答えた。女の人に年齢を聞くのは失礼だって母親が言っていたが、今日ほど他人の年齢が気になった日はない。
「確かこの前4歳になったばかりだから……うちの子とおんなじ学年かも」
2人はますます耳を疑った。目の前の小さな子供は4歳には見えない。もうひとりいるんだ、このおねーさんの子供が。
「……ママ」
隣の玄関から、2人と同じくらいの歳の子供が出てきた。肩まで伸びた黒い髪に白い肌。白いワンピース姿のこの子が、おねーさんのもうひとりの子供なのだろう。
「あら、ダメよお外に出ちゃ」
「おねーさん、俺この子と一緒に遊んでいい?」
潤が玄関を飛び出し、隣の家の子供の腕を掴んだ。驚いたような表情を浮かべる子供に、一緒に遊ぼう、と潤が声をかけると、小さく頷きが返ってきた。
「俺公園行ってくるー」
女性の返事を待たずに、潤は子供と手を繋いだまま公園に向かって走り出していった。
「まだ外で遊び慣れてないのに……ケガしちゃったらどうしよう」
「大丈夫だよおねーさん。潤、可愛い女の子と友達になりたいって言ってたし、ケガしないよう気を付けるよ」
「可愛い女の子……? 達樹君は可愛いけど男の子よ」
「ねー名前なんていうの? 俺潤っていうんだけど」
「……たつき」
「タツキちゃんか、タツキちゃんってなんかお姫様みたいだな」
あまり外で遊んだことが無いという達樹。おそらく生まれて初めてであろうブランコで、腕にしがみついてきた達樹の頭に、潤はそっと鼻をうずめた。潤より少し背が低く、おいしそうな、甘ったるい匂いがする。近くで見ると、髪をひと房だけリボンで結んでいた。
(可愛いなあ)
「潤君、ブランコ降りたい」
「お、わかった」
ブランコを止め2人で降りると、黒目がちの大きな瞳がじっと潤を見つめていた。
「お、面白くなかった?」
「ううん、楽しい」
達樹が嬉しそうに微笑む。潤もつられて笑みを浮かべた。
「次はすべり台で遊ぼう」
「うん」
さりげなく繋いだ手は振りほどかれない。ずっとこうしていたい。
隣の家のおねーさんが挨拶を済ませて1時間くらい経った頃。雅也が部屋で本を読んでいると、潤が部屋に駆け込んできた。まっすぐ机に向かい引き出しを漁っている。
「あの子にケガさせてないかい、おねーさんが心配してたよ」
「大丈夫だって、俺タツキちゃんにケガなんかさせないもん。お嫁さんにするんだ」
「お嫁さんって……あの子おと」
「あったあった」
引き出しからおもちゃの指輪を見つけだし潤は部屋を飛び出していった。
「ちゃんと人の話聞きなさいって幼稚園の先生も言ってたのにちっとも治す気ないよね」
ため息をつき、雅也は渋々部屋を出た。玄関は静かで潤の靴もない。外に出ると、ワンピース姿の隣人が潤に抱きつかれていた。左手の薬指におもちゃの指輪がはめられている。
「潤、その子男の子だよ」
「何だよ兄貴邪魔すんなよ……えっ?」
「だから言ってるだろう、男の子だって」
潤は腕の中の達樹をじっと見つめた。目は大きいし白い肌は頬っぺたが少し赤くなっていていい匂いがする。どうみても女の子だ。それにさっき結婚の約束もチューもした。
「可愛いから本人が嫌がるまでは女の子の格好させたいんだっておねーさんが言ってた」
「嫌がるまで、って嫌がるどころか普通に女の子なんだけど」
「今までずっと家の中にいたみたいだし、僕らと遊んでいるうちに変わっていくんじゃないかな」
「そうかなぁ」