聖南スクールデイズ

「……達樹くん?」
 部屋のドアを軽くノックしてみたが返事はない。枕を抱える腕に力を込め、美月はそっとドアを開けた。達樹はすでに眠っているようで、部屋の中は真っ暗だ。美月は廊下の電気を消し、ゆっくりと達樹の部屋に入っていった。寝息を頼りにベッドに辿りつくと、達樹にまたがるようにしてもぐり込む。
「達樹くん、一緒に寝てもいい、よね?」
 返事はないが、振り払われる気配もない。そのまま身体を沈めると、達樹の胸が耳に当たった。ゆっくりとした、落ち着いた鼓動が聞こえる。
「えへへ」
 一人じゃない。
 さっきまでの心細さはあっという間になくなった。
 いつまでいられるのかわからない。けど。
 できる限り、一緒にいたい。

「……うぅ……」
 暑苦しくて気持ち悪い。
 目を覚ました達樹の視界を黒く細長いものが覆っている。手を伸ばしてその髪を払うと、手が何か堅いものに当たった。視界の下のほうに人の頭が見える。
「……朝野」
 まただ。こうして時々、勝手に人の布団にもぐり込んで眠っている。
 達樹は美月の肩をつかんで揺さぶったが、美月は達樹の上から動こうとも目を覚まそうともしない。
 仕方がない。達樹は美月に聞こえるよう、低くゆっくりとした声で呟いた。
「……朝野、今度の日曜に一緒に」
「みゅ、どこかに連れてってくれるの!?」
 顔を上げた美月を押しのけてベッドから出る。
「ま、待って達樹くん。このパジャマ、どうかなぁ」
 起き上がった美月は微笑み、照れくさそうにパジャマの裾をつかんでみせた。ピンク色の、ゆったりとしたワンピースのようなパジャマ。裾にレースも付いていて可愛らしいが、胸元が大きく開いている。雅也に「達樹もきっとほめてくれる」とは言われたが少し恥ずかしい。達樹の視線を感じ、美月は思わずうつむいた。
「……風邪引くぞ」
「むうっ」
 美月は頬を膨らませて達樹にしがみついた。
「やめろ朝野っ……冷たっ」
「ああっ」
 達樹の髪が濡れている。そっと自分の口元に手を当てると、よだれで湿っていた。
「ご、ごめんね」
「……風呂行ってくる」

 嫌われてしまったらきっと、ここにいられなくなる。
 達樹が入浴している間に、美月は朝食の支度を始めた。玉子焼きと、味噌汁と……。いつものメニューを思い出しながら調理していると、玄関のチャイムが鳴った。
「大介くんかなぁ」
 毎日達樹を車で送り迎えする大介。達樹の先輩で、モデルさんのようなかっこいい人。けれど中身は、一目惚れして以来達樹にずっと付きまとっている変な人。美月とは達樹を取り合うライバルなのにどこか憎めない。美月は火を止め玄関に向かった。
「達樹さんおはようございます」
 ドアを開けるなり大介が抱きついてきた。
「今日も美しいです……ね……」
「達樹くんじゃないもん……」
「す、すみません、道理でいつもより小さいと。そ、それより朝野さん、何なんですかその格好は!」
 顔を赤くした大介が視線を彷徨わせている。
「これ、まー君がね、達樹くんもきっと喜ぶよ、って言ったから着たんだけど……どうかなぁ」
「ど、どうかなぁ、って」
 大介は視線を美月に戻し、すぐにそらした。大きくて柔らかそうな2つの凶器。こんなものが毎日そばにいたら、さすがに達樹も……。
「だ、駄目です、騙されてますよきっと。達樹さんがそんなはしたない格好を見て喜ぶような人だと思いますか?」
「うっ、そうだよね……」
 美月ががくっと肩を落とす。可哀想になってきた。
「着替えてくるから、大介くんは上がって待ってて」
「あの、達樹さんは」
「お風呂だよ」
「お、お風呂!?」
 大介は慌てて靴を脱ぎ浴室に向かった。記憶が正しければ確かこっちに……。
「達樹さああん!」
 鼻血を流しながら大介が浴室に駆け込むと、達樹は髪を乾かしていた。
「きゃあっ」
 小さな悲鳴をあげ手で目を覆いつつも、美月の視線は達樹の上半身に注がれている。
「ああっ美しい、どうせなら下も脱いでくださいよ達樹さん」
「うるさい」
「ごめんね達樹くん、代わりに朝ごはん作ったけど、食べる?」
 返ってきた頷きに、美月はほっと胸をなで下ろした。
「じゃあ私着替えてくるから先に食べてて。大介くんも、よかったら」
 恥ずかしそうに胸元を隠し、美月は2階へと上がっていった。

 美月が2階で着替えている頃、達樹と大介は朝食をとっていた。
「おいしそうな玉子焼きですね達樹さん。それより驚きましたよ、朝野さんがあんな格好で出てくるものですから。やはり貴方と朝野さんが同棲するのは危険です、僕も一緒に」
「同棲じゃなくて同居だ、それに朝野がどんな格好してようが気にしなきゃいいだけだろう」
「貴方の気を引こうとしてあんな格好をしていたんですよ、朝野さんは。達樹さんは僕のものですが、ああやって一生懸命な様子を見ていると応援したくなりますね」
 馴れ馴れしく擦り寄ってくる大介を無視し、達樹は玉子焼きを口に入れた。
 おいしい。後で彼女にそう伝えよう。

戻る