ふたりでいっしょに

「ミツキ、ちゃんと留守番しててよ」
「はーい。タツキちゃん、おにいちゃんとデートなのにまたいつもの服なの〜?」
「デートじゃない」
 普段どおりのブラウスとスカートのタツキに、ミツキは頬を膨らませた。
「やっぱりもっと可愛い服じゃなきゃ。僕がおにいちゃんだったらそんな格好嫌だなぁ」
「別にいいでしょ、今日はミツキとじゃなくて先輩と出かけるんだから」
「むぅっ……やっぱりだめだよっ」
 ミツキはタツキの腕をつかみ、タツキの部屋まで引っ張った。そのままタツキをベッドに押し倒し、ブラウスのボタンを外す。
「ミツキ!」
「あれ着なよ、フリルいっぱいの可愛いの。あれならおにいちゃんも惚れ直してくれるよ」
「なんであんな恥ずかしい服をっ」
 タツキがもがいていると、玄関のチャイムが鳴った。
「おにいちゃんだよきっと。タツキちゃん早くあの服着といてね」
 ミツキが飛び上がり部屋を出て行く。タツキは身を起こし、そっと胸元に目をやった。白いブラウスははだけ、薄いピンク色の下着がのぞいている。しばらくそのままでいると、部屋のドアが開いた。
「おにいちゃん見て見て、タツキちゃんの勝負服っ」
「た、タツキさん……」
 タツキはすぐに胸元を隠した。大介は鼻を押さえてうずくまり、ミツキはなんだ、まだ着替えてないのかと唇を尖らせた。
「おにいちゃん、タツキちゃんったらせっかくのデートなのにいつもの格好でいいって言うんだよー。もっと可愛い服の方がいいよね?」
「も、もちろん可愛らしい格好の方が嬉しいですけど……いつもの格好でも別に」
「ほら、おにいちゃんだって可愛い格好の方が嬉しいって言ってるよ」
 大介の言葉をさえぎり、ミツキはタツキにフリルのついた服を押しつけた。
「だからってこんなフリルだらけの服は嫌だ」
 もつれ合う2人。このままでは埒があかない。タツキの胸から視線をそらし、大介は2人に言った。
「やめてくださいミツキさん。嫌がるタツキさんに無理矢理その服を着せるのはどうかと。それと、タツキさん。嫌でなければあの時の……僕に黙って小早川さん達と映画を観に行った時の服を着てほしいのですが」
 取っ組み合いを止め2人が頷く。
「おにいちゃんがそこまで言うなら、それでいいけど」
「先輩まだあの時の事根に持ってるんですか」

「服を買いましょうタツキさん。いつ僕の部屋に泊まってもいいように」
「泊まったりしません。先輩こそ、パジャマ買ったほうがいいんじゃないですか」
「そうですね、いつ貴女がお泊りに来てもいいように」
「泊まりません。それに先輩、離してください」
 ふりほどこうとするが、繋がれた手は離れない。おいしいと評判の苺のケーキにつられてショッピングセンターにやってきたが、人は多いし大介は手を繋いでくるしで、タツキは帰りたくなった。そのまま手をひかれケーキではなく服の売り場に連れていかれる。どちらがいいかと聞かれしぶしぶ水色のパジャマを指差すと、嬉しそうな表情でパジャマを買いに行った。
「タツキさんはパジャマ、買わないんですか」
「先輩の家には泊まりません」
「ですが、この前のような事があるかもしれませんし、念のために1着だけ、予備として僕の部屋に置いておきましょう」
「だから要りませんって」
「せっかくですからお揃いのパジャマにしましょう、ペアルックですよペアルック」
 タツキの腕に自分の腕を絡め、大介ははしゃぐように婦人服売り場へと向かった。

「おいしいですか、タツキさん」
 大介の言葉にタツキが頷く。
タツキの意見でペアルックは叶わなかったものの、パジャマ一式を揃えることはできた。ぐったりとしたタツキを食事に誘い苺のケーキをご馳走する。おいしそうにケーキを食べるタツキは今日一番……いや、ここ最近で一番幸せそうに見える。
「おいしい」
「気に入ってもらえて嬉しいです」
 かなり喜んでいるようだ。大介は笑みを浮かべ、タツキがケーキを食べるのを見ていた。
「今頃家でお留守番しているでしょうし、ミツキさんにも買って帰りましょうか」
「ミツキ……」
 はっとした表情を浮かべ、タツキは声をひそめた。
「先輩、今日のこと……さっきのことなんですけど」
「はい?」
「……下着のこと、ミツキには黙っててくださいよ」
「下着のこと、というのは」
 問いかける大介に、タツキは恥ずかしそうに頬を染めて言った。
「下着のサイズのこと……絶対言わないでくださいよ。ミツキはもちろん、小早川やめぐさんにも」
「言いませんけど、どうしてそんなことを」
「……」
 ちょっとだけ見栄を張ったこと、それでも大きい方じゃないのに、目の前で不思議そうにこっちを見ている男は全く理解していないようだ。
「わかりました、内緒ですね」
 すぐにいつもの笑顔に戻り、タツキの手を握ってきた。
「このことはタツキさんと僕の2人だけの秘密、ですね。ふふ、嬉しいです」
「さ、触るなっ。そういう変な言い方やめてください変態」
「そんなに冷たくされると、言いふらしたくなっちゃいますね」
「なっ……」
 大介の言葉に固まるタツキ。その手を両手で包み込み、大介は囁くように語りかけた。
「せっかくですからタツキさん、僕のお願いも聞いてもらえませんか?」

「タツキちゃんおかえりっ」
 帰ってきたタツキに抱きつくミツキ。その大きな瞳が大介の姿を捉える。
「おにいちゃんもおかえりなさーい。デート、楽しかった?」
「ええ、とっても。このまま別れるのが惜しいものですから、今晩はこちらにお泊りしようかと。ね、タツキさん」
 無言で頷くタツキを、ミツキはぽかんと口を開けて眺めた。いつもなら嫌がるのに、今日は違う。デート中に何があったんだろうか、とミツキは気になった。
「ちょうどパジャマもここにありますし、タツキさんの新しいパジャマ姿を見るのも楽しみです」
「……あたらしい、ぱじゃま?」
 タツキに抱きついたまま不思議そうに呟くミツキに、大介は笑みを浮かべて答えた。
「ええ。以前タツキさんが貴方と喧嘩して僕のところに来たとき、タツキさんが酔ったままタオル1枚で眠ってしまいまして。今後ああならないよう、それといつお泊りに来てもいいようにパジャマを買ったんです。本当は僕とお揃いのペアルックにして欲しかったのですが」
「むぅ……タツキちゃん、今度おにいちゃんの家にお泊りしちゃうの?」
「するわけないでしょう」
「照れなくていいんですよ、タツキさん」
 大介がタツキの肩を抱く。小さく悲鳴を上げつつも大介の方を見るタツキに、ミツキは頬を膨らませた。何だか胸の中がもやもやする。
「いつお泊りに来てもいいんですよ。何なら今晩は一緒に寝ましょうか」
「いっ……」
 嫌だ、とはっきり言わない。やっぱりおかしい。ミツキは余所見をしているタツキの胸に顔を埋めた。
「こらっミツキ!」
「だめだよタツキちゃん、タツキちゃんは僕と一緒に寝るんだから」
「1人で寝れるでしょ、高校生なんだから」
「やだータツキちゃんと一緒がいいー」
 甘えるフリをして大介からタツキを引き離す。渡さない、といわんばかりにタツキの身体を抱きしめると、大介に頭を撫でられた。
「からかってしまってすみません。さすがにタツキさんを丸一日お借りするわけにはいかないでしょうし、ミツキさんも、タツキさんと一緒にいたいですよね」
「おにいちゃん……」
「今日は帰りますね。タツキさん、お泊りはまた今度」
 大介が家を出る。ほっとしたミツキをタツキは引き離そうとした。
「いい歳して何甘えてるの」
「だって、タツキちゃんおにいちゃんのことばっかり見てるんだもん。僕のことなんてどうでもいいんでしょ」
「別に先輩のことなんか……」
「僕にはタツキちゃんしかいないんだよっ」
「母さんだっているでしょう」
「……帰って来ないじゃん」
 ちょっと新しいお父さん探してくる、と言って出かけたきり音沙汰無し。今頃どこかで男の人を誑かしているのだろう。それにしても連絡くらい寄越せばいいのに。母といい、ナツメといい。

「むうぅ」
 ミツキは頬を膨らませた。大介を追い出し、タツキに甘えるついでにデートの様子を探ろうと思っていたのに。
「先に寝てなさい」
 素っ気なく返事しタツキは部屋を出て行ってしまった。なんとか眠気をこらえて待つが、タツキは戻って来ない。ミツキはそっと部屋を抜け出し廊下に出た。タツキの声が聞こえる。リビングだ。
「……すみません、ミツキのせいで」
 電話をしているようだ。相手は多分、大介だろう。
「ええ……あの、今日のこと……絶対、秘密ですよ」
 秘密。何のことだろう、おにいちゃんばっかりずるい。
「はい、おやすみなさい」
 電話が切れる。ミツキはリビングから出てきたタツキにぎゅっと抱きついた。
「タツキちゃん何してたの、遅いから心配したんだよ」
「ちょっと、先輩に用があって」
「またおにいちゃん?」
 不満げに唇を尖らせるミツキの頭を撫で、部屋に連れて行く。ベッドに入ると、ミツキがぴったりと寄り添ってきた。
「タツキちゃん、おにいちゃんの家にお泊りしちゃだめだからねっ。タツキちゃんと一緒に寝ていいのは僕だけなんだから」
「はいはい寝なさい」
 眠そうな声でタツキが呟く。すでに半分くらい眠りに落ちているのだろう。
「もうっ、僕の気持ちも知らないで」

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