デートの約束
「……先輩、用件ってこれですか」
大介の腕の中で、タツキはため息をついた。
「鬼頭先生、ちょっと」
そう大介に呼ばれて美術室の隣にある準備室についていった。部屋に入るなり大介が鍵をかけ始め、おかしいと思ったときには大介に抱きしめられていた。
「ああっタツキさんの匂い……幸せです」
「先輩、こんなことするために呼んだのなら帰りますよ」
「ま、待ってくださいタツキさん」
もがくタツキから一旦離れ、大介はタツキの両手をしっかりと握った。
「せっかくの夏休みです、デートしましょう」
「……」
タツキに睨まれても笑みを崩さず、大介は握りしめた手に力を込め、熱っぽく語り始めた。
「思えば僕達、付き合いは長いですが2人きりの時間は少ないでしょう、ですから2人きりで愛を育み、早く貴女をお嫁さんに……」
「いっ嫌です忙しいし」
「僕に出来ることなら手伝いますよ、ミツキさんだって話せばわかってくれるはずです。何ならいっそのこと僕と一緒に暮らしましょう」
嬉しそうに目を輝かせ、ゆっくりと顔を近づけてくる。
「は、離してくださいっ。ほら、誰か呼んでますよ」
大介が振り向くと、準備室のドアをノックする音が聞こえた。
「タツキさんはここに座って待っていてください」
タツキを椅子に座らせ、大介はドアを開けた。
「せんせー、来週用事があって部活に来れないんですけど……」
美術部なのだろう、眼鏡をかけた男子生徒が申し訳なさそうな様子で大介に話しかけている。
「来週は欠席、ですね」
「はい。あ、あの、なんで鬼頭先生がここに」
つまらなさそうな表情で椅子に腰かけているタツキと目の前にいる大介を交互に眺め、男子生徒は不思議そうに呟いた。
「相談していたんですよ、鬼頭先生に。小早川さんがなかなか授業に出てくれないので、彼の担任で彼と親しい鬼頭先生に、どうすれば授業に出てくれるようになるのか教えてもらおうと思ったんです」
「へぇー。そういや小早川君、夏休みに先生を家に呼んで勉強会するんだってはしゃいでましたね」
「べ、勉強会!?」
大介が不安そうにタツキをちらちらと見てくる。
「……小早川が宿題教えろってうるさいから、家庭訪問も兼ねて勉強を教えに行くんです」
大介から目を背けながらタツキが説明すると、余計に視線を感じるようになった。どうにかならないのだろうか。
「うらやましい」
「僕も鬼頭先生に教えてもらおうかなぁ」
そう呟いた男子生徒を思わず見つめてしまう。大介の視線に気付き、男子生徒は恥ずかしそうに頭をかいた。
「へへ、冗談です。あ、先生。来週は休みますけど、今週はちゃんと部活に来ますから」
「はい、わかりました」
男子生徒がいなくなったのを確認し、大介が再び部屋の鍵をかけた。
「タツキさんどういうことなんですか勉強会って……それも小早川さんの家で2人きりだなんて……」
「家庭訪問のついでです、それに2人じゃなくて八木先生もいます」
「校長先生も……」
いつもタツキにくっついて甘えている小早川と、いつもタツキの脚をいやらしい目で見ている校長。安全どころか不安しかない。
「やっぱり僕も行きます」
「先輩は仕事があるでしょう」
さっきの男子生徒とのやりとりを見る限り、少なくとも美術部の活動があるはずだ。
「で、ですが」
「それに小早川が、先輩は来なくていい、って言ってました」
「そ、そんなっ」
大介が泣きそうな顔でこっちを見ている。なんだか可哀想になってきた。
「……勉強会が終わったら、さっき先輩が言ってた」
「デートですかっ」
「で、デートとは違いますけど、先輩がどこか行きたいところがあるのなら」
「タツキさん」
大介が抱きついてきた。嗅ぎ慣れた香水の匂いがする。
「あ、ありがとうございます、まさか貴女が僕を誘ってくれるなんて……そこまで僕の事を想っていてくれたんですね」
「そんなんじゃありません、いつもお世話になってるから、たまにはと思っただけです」
「ふふ、楽しみです」
大介が嬉しそうに呟く。
先輩が喜んでいるのならいいか、とタツキは思った。