謎の男

 夏休み間近の、ちょうどめぐみが何か面白い事はないかしら、と考えていた休み時間。
「めぐさんめぐさん」
 頬を紅潮させた女子生徒が保健室に駆け込んできた。
「なーにー、どーしたのー」
 かろうじてクーラーの涼しい風が届く机に突っ伏しためぐみが、面倒くさそうに顔を上げる。
「あのねっ大スクープなのっ。昨日鬼頭先生の彼氏を見ちゃったのー」
 ぴょんぴょん跳ねながらポケットをまさぐる女子生徒。彼女とは裏腹にテンションの低いめぐみ。
「何よー彼氏っていったって、」
「もう、何が野田先生と付き合ってる、ラブラブだ、なのよっ。この人のどこが野田先生なのっ」
 女子生徒が突き出してきた携帯の画面に、めぐみの視線は釘付けになった。
「や、やだぁ、誰なのこれっ」
 背丈はタツキと同じくらいで、髪の色は黒い。寝癖が付いていてだらしない感じだが、ぴったりとタツキに寄り添っている。
「これ、もっと大きい画像ないの?」
「これが限界。気付かれちゃ困ると思ったんだもん」
 嬉しそうに画像を見せびらかす女子生徒の隣で、めぐみの目もキラキラと輝き始めた。
「びっくりしちゃって1枚しか撮れなかったし、後つけたかったけど見失っちゃった。でもこの2人、絶対付き合ってるよね」
「うーん、さすがは写真部。めぐちょっとタツキちゃんに聞いてみるから、画像送って」
「オッケー」

「なータツキちゃん、夏休みも遊ぼーぜ電話番号教えてくれよぅ」
「宿題終わったらな」
「無理だー」
 タツキに抱きつき甘える小早川を、クラスの女子がニヤニヤと眺めていた。
「やっぱ先生の事好きなんだー」
「うるせぇっ」
 顔を真っ赤にして怒る小早川。女子を軽く睨みつけ、タツキの胸に顔を埋める。
「なー野球やろうよ、何ならじいちゃん家で遊んでもいいぜ……タツキちゃんとなら、宿題やる気になるかなー」
「うふふいたいたタツキちゃん」
 獲物を狩るようなギラギラした目のめぐみが、教室に入ってくるなりタツキの腕をつかんだ。
「さぁ早く吐きなさい、もうネタは挙がってるのよ!」
「何がですか」
「もう、とぼけないでよぉ。聞いたわよ見たわよ、タツキちゃんの彼氏!」
「えっ」
 驚く小早川に、めぐみのテンションがますます上がる。
「知ってたぁ小早川君、タツキちゃんったら人前でベタベタくっついちゃうくらいラブラブな彼氏がいたのよぉ。だから大介君とは付き合ってなかったってワケ! ごめんねタツキちゃん、信じてあげなくてぇ。でもめぐ、タツキちゃんと大介君もお似合いだと思うんだけどなー」
「何言ってるんですか」
 あきれるタツキの目の前でめぐみが携帯を開いた。
「ふふ、昨日もデートしてたくせにぃ」
 開いた画像を近くにいた女子生徒に見せる。
「わぁ、ホントだー」
「せんせーだー」
「おい俺にも見せろよ」
 小早川も画面を覗き込もうとするが、きゃあきゃあ騒ぐ女子に押され見ることが出来ない。
「ふん、どーせまたガセだろ」
 悔し紛れに呟いた言葉に女子が反応した。
「ホントよっ」
 目の前に突きつけられた画像には、確かにタツキともう1人、男らしき人物が寄り添っている。妙にベタベタした様子といい、男の頭から出ているだらしないアホ毛といい……。
「この人、タツキちゃんの弟じゃね?」
 画像をタツキに見せると、小さく頷きが返ってきた。
「なんだ弟かー」
「せんせー弟いるんだー、ねーいくつなの」
 たちまち女子がタツキを取り囲む。
「もう、こんなに仲のいい弟がいるなんて聞いてないわよぉ」
 つまらなさそうに唇を尖らせるめぐみ。
「そんなに噂好きなら、俺とタツキちゃんが付き合ってるって言いふらしといてよ」
「んー、でも小早川君じゃなぁー」
「何だよ、釣り合わねーって言いたいのかよ」
「そうじゃないけどぉ、イマイチスクープって感じがしないのよねー」
 美人教師と教え子の不良少年、と書くとスキャンダルな香りがするが、実際は色気のない教師と丸くなったただの糞ガキ。これじゃ女子も食いついてくれそうにない。それに小早川が普段からタツキに付きまとっているせいで真新しさも物珍しさもない。
「ちぇ、なんか腹立つなー」
「うふふ、気を落とさないの。いいこと教えてあげる。めぐのダーリンねぇ……」
 めぐみが声のトーンを落とし、小早川の耳元で囁いた。
「めぐが初めて先生として働いた学校の、生徒なのぉ」
「うそぉ!?」
 目を丸くして驚く小早川に、めぐみは意味深な笑みを浮かべた。

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