新入生

「勧誘ってもなぁ……集まりそうにないけど」
 自分の背ほどある看板を掲げ、ナツメは呟いた。
 年上の後輩から「勧誘たのむ」の一言とともに託された看板。綺麗な字でサークルの活動内容をわかりやすく説明してあるが、当のサークル名が「ミステリーサークル・サークル」であり、活動内容もパッとしない。強いて言うならば聖南学園に存在するミステリー研究部に、より本格的な怪奇探索を付け加えただけのサークルだ。社会に出て役に立つことは……多分ない。数々の心霊体験を乗り越え強靭な精神が培われる……とでも言っておく。こんなサークルだから、めったに入りたがる人などいない。存在すら知らない人がほとんどだからと勧誘するハメになったが、それでも入りたいなんて考える人は少ないだろう。新入生の集団に見えるよう、看板を掲げて歩く。
「大介君がやればいいのに」
 友人の大介くらい容姿が良ければ、看板を読んでくれるかはともかく女の子が群がってくるのは間違いないだろうに。
「……でも……」
 声のした方を見ると、新入生らしき女の子が派手な頭の男に囲まれている。一人はショートヘアの活発そうな子、もう一人は目のぱっちりとした子。それにもう一人、髪の長い子。3人とも男達の勧誘に迷惑しているようだ。
「……えいっ」
 見た目弱そうな金髪の男に、軽く看板をぶつけてみた。
「おいてめ……やぁ、どうしたんだい」
 女の子の目を気にしてか、気さくに話しかけてきた。この媚びるような声、どこかで聞いたことあるようなないような。
「その子達俺らのとこに入る約束しててさぁ……はははっ」
 3人の肩を抱きこの場を離れようとすると、金髪の仲間らしい青い頭の男が睨みつけてきた。
「お前んとこのお化けサークルに3人も入るワケねーだろ」
 あああ耳が痛い。
「そんなこと言ってると岬さんに呪われちゃうよ?」
「う、うげぇ……」
 ミステリーサークル・サークルが幽霊だとかお化けだとか呼ばれる所以、そのほとんどを占めるのが年上の後輩、岬さんの存在だ。色々と変わった人だがこの青頭のようなチャラチャラした男が特にお嫌いなようで、時々火花を散らしているらしい。この青頭の先輩に当たる人物が岬さんに土下座したという逸話まであるようだ。
「じゃ、岬さん待ってるから。掛け持ちする気があるなら、この子達後で君らのところに来るだろうしさ、ねっ?」
 3人が頷く。青頭も渋々解放してくれた。
「あの、ありがとうございましたっ」
 しばらく歩くと、活発そうな子が礼を言ってくれた。残る2人も後に続く。
「それでですねっ、あの」
 目のぱっちりした子が遠慮がちに口を開く。
「ん? どうしたの?」
「えっと、演劇サークルってどこに行けばいいんでしょう……」
 大きな目でじっとこっちを見ながら口ごもる彼女に、
「私達、そこに入るつもりなんですっ」
 と、活発そうな子。
「ああ、それならあの建物の2階の……」
「ありがとうございますっ」
 2人が去って行く。わかってはいたけど悲しい。
「で、君はどこに入るんだい」
 残った1人に声をかけると、彼女はゆっくりと首を横に振った。
「……決めてない」
「じゃ、じゃあさ、ここに入らない?」
 持っていた看板を、文字が見えるように彼女の顔に近づける。顔を上げ、文字を目で追う彼女の顔立ちは人形みたいに整っている。少なくとも岬さんの言う「可愛い女の子」の基準は満たしているはずだ。可愛いというよりは美人と言ったほうがしっくりくるけど。
しばらくすると、その綺麗な眉間にしわが寄ってきた。
「……はは。わかるよ、誰がこんなワケのわからないサークルに、」
「……いい」
「ええっ正気かい!?」
 失礼な問いに気を悪くすることなく、ゆっくりと頷く彼女。
「……助けてもらったから」
「お、おおぅ」
 これで岬さんに怒られずに済む。

「遅い。何やってんだチビ」
 ドアを開けるなり響く岬さんの怒声。
「ちゃんと女の子連れてきたんですから許してくださいよー」
「……ほぅ」
 俺の後ろにいる彼女に視線を移し、ニヤリと笑う岬さん。これじゃあさっきの青頭と変わらないような気がする。上玉だぜぐへへ、と聞こえたのはきっと気のせいだ。
「ところで大介君は?」
「あいつまだ来てないぜ。それよりこの子、もっと近くで見せておくれよ」
 まるで赤ずきんに出てくる狼のようだ。さすがに危険を感じたのかおそるおそる近づく彼女に、岬さんは容赦なくガバっと襲いかかった。
「いやっ……」
「ほうほう……ふむ、こっちにおいで」
 ひとしきり身体を撫で回し、奥の個室へと連れて行く。
「ちょっと岬さん!」
「チビは入ってくるなよ」
 俺を睨みつけドアに鍵をかける。
「あら、女の子入ったの?」
 岬さんの笑い声が漏れる個室に目をやりながら、肩までかかるふんわりとした髪の女が入ってきた。
「ミカちゃん」
「ねぇ、岬さん喜んでた?」
 そう言って首を横に傾けたミカは、去年ここに連れてこられた悲劇の女性。岬さんの彼女、というレッテルを貼られ、さっきの青頭や仲間たちからも恐れられているようだ。
「うへへへへっ、出来たっ」
 満面の笑みを浮かべた岬さんに引きずられ個室から出てきた新入生は、メイドのような格好をしていた。どこで仕入れてくるんだろう、こういう服。
「あら可愛い」
 ミカが微笑むそばで、大介が部屋に入ってきた。
「すみません遅れてしまっ……て……」
 大きく見開かれた目は恥ずかしい格好でうつむく新入生に注がれていた。
「あ、この子新しく入ってきた子で……って大介君聞いてる?」
「……あ、ああすみません。新入生ですね、よろしくお願いします」
 そう彼女に言った大介がどことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか。

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