甘いクッキー

「何やってんだろ、タツキちゃんとじいちゃん」
 廊下の角から顔を出し、小早川は校長室を睨みつけた。
 授業を抜け出して校内をうろついているうちに偶然見つけたタツキ。こっそり後をつけていくと、タツキは校長室に入っていった。それから数分。まだタツキは出てこない。
「くっそー、じじぃのくせにタツキちゃんと一緒にいるとか本当ハゲればいいのに」
 そろそろ乗り込んでみようか、でもじじぃに会うのは嫌だな、と小早川はうなりながら悩んだ。迷っているうちに校長室の前に先客が現れる。栗色の髪、整った顔立ち、校長室のドアに耳を押し付ける変態じみた仕草……。
「何やってんの野田っち」
「わあぁっ」
 情けない悲鳴を上げて大介は声のした方向を見た。金髪の少年が生意気な表情で突っ立っている。
「こ、小早川さん。貴方こそ何をっ」
「野田っち仕事しろよー」
 口をとがらせた小早川が大介に近づく。先を越されまいと校長室のドアの前に立ち胸を張る。
「貴方校長先生に用事でもあるんですか」
「ねーよ。野田っちこそ何? じじぃに用でもあるの?」
「いえ、ここにタツキさんがいるのではと思って」
「知ってんの!?」
「やはりここでしたか」
 思わず口をすべらせてしまい、小早川は心の中でしまった! と叫んだ。だが大介はそれよりも前にタツキの居場所を知っていたようだ。
「おいっ、やはりってどういうことだよ」
「ふふ、知っていましたか小早川さん、タツキさんと校長先生の関係を」
「かん……けい?」
 漢字が出てこない。頭の中でそれらしき漢字をいくつか思い浮かべる小早川のそばで、大介は誇らしげに語る。
「校長先生はタツキさんの中学時代の担任だそうですよ」
「うそっ」
 初めて知った。じじぃの部屋をあされば、タツキの昔の写真が出てくるかもしれない。大介に自慢したくなったがぐっとこらえる。話せばきっとついてくるだろうから。
「おまけにタツキさん、随分と校長先生のことを尊敬しているようなんです。ですから貴方もあまり校長先生にきつく当たらない方がいいですよ」
「うぅっ……」
 もう手遅れかもしれない。すでにタツキの目の前で何度か「じじぃ」と呼んだことがある。嫌われてないだろうか。
「それにしてもタツキさん、また入り浸っているようですね」
「野田っちが来るだいぶ前からだから、もう結構長い間ここに、」
「あああきっと校長先生にいやらしい事をされてるんですよっ」
 泣きそうな顔で大介がドアに手をかけるが、鍵がかかっていて開かない。
「そんなっ……まさか本当にっ」
「んなわけねーだろー」
 口ではそう言ったものの、涙目の大介を見ていると小早川まで不安になってきた。ある日突然、タツキが新しいおばあちゃんになったらどうしよう。何でばぁちゃん早死にしちゃったんだ。
「うわあぁぁぁんタツキさあぁぁぁん」
 小早川の隣で、取り乱した大介が校長室のドアを叩く。涙目……というよりもう泣いている。恥ずかしくなった小早川は数歩下がり、大介と距離をとった。
「ひどいですよ校長先生! タツキさんの生足は僕だけのも」
「うるさいっ!」
 ドアが開き、大介が顔面を打った。
「お、タツキちゃん」
 不機嫌そうな表情でドアを開けたタツキに、小早川は駆け寄り抱きついた。相変わらず温かくていい匂いがして心地良い。
「小早川、授業は?」
「へへっ」
 笑ってごまかし、頬をすり寄せていると大介につまみ上げられた。
「何やってるんですか小早川さん」
「野田っち邪魔」
「おおぅ武」
 ソファに腰かけていた八木が立ち上がる。テーブルの上には可愛らしい皿に盛られた手作りクッキー。
「見損ないましたよ校長先生っ、密室でタツキさんにセクハラだなんてっ」
「誤解じゃよ野田先生、実はのぅ」
 照れくさそうに、急にモジモジし始める八木。
「武にお菓子を作ってあげたくてのぅ、鬼頭君にくっきーの作り方を教えてもらったんじゃ。で、出来上がったくっきーを鬼頭君に味見してもらってたところなんじゃが……武も食べるかの」
「頬染めんなじじ……じぃちゃん」
 タツキが見ている。顔をしかめ、小早川はクッキーを1つつまんで口の中に入れた。
「甘っ」
「だめかのぅ」
「だめじゃないけど」
「今度泊まるときはくっきー作ってあげるからの」
 校長の威厳もどこへやら、八木は嬉しそうに孫を見つめる。
「泊まんねーよ……と、泊まるときは連絡するからさ……も、もう帰るっ」
 タツキの様子を気にしながら、小早川は顔を真っ赤にして校長室を飛び出していった。
「やったぞ鬼頭君、武が!」
「おめでとうございます先生」
 緩みきった表情の八木は両手を広げてタツキに抱きついた。温かくていい匂いがして、おまけにちょっぴり孫の匂いもする。
「……校長先生……」
 突き刺さるような視線に気付き八木はタツキから飛びのいた。
「の、野田先生、どうしたのかの」
「タツキさんに抱きつくだなんてやはり……」
「ち、違うぞ、ちっとも邪なことなぞ考えておらんよ。それより野田先生もくっきー食べんか……のぅ」
 皿を差し出してみたが、大介の表情は変わらない。今回もまたいかがわしい事をしているように見られてしまったようだ。
「……すまんかった」
「気をつけてくださいよ校長先生……ああ、大丈夫でしたかタツキさん」
 大介はタツキを抱きしめ、肩に顔を埋めた。
「大丈夫も何も、八木先生は変なことなんかしてません」
「わああああ心配したんですよぉ」
 大の大人が泣きじゃくっている。八木はなぜだか罪悪感に駆られた。何も悪いことなんてしていないのに。
「あまり校長先生と2人きりにならないでくださいよ、貴女には僕がいるんですから」
「気持ち悪いこと言わないでください」
「……仲が良いんじゃのう」
 八木がぼそりと呟いた言葉に、2人が反応する。
「良くないですっ」「ええ、ラブラブなんですよ」
「息もぴったりじゃの……言ってることは違うようじゃが」

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