夏の日の保健室
タツキが保健室に入ると、めぐみが机に突っ伏していた。
「暑い、暑いわタツキちゃん。もう1個エアコン欲しい」
保健室のベッド側にあるエアコン。めぐみのいる場所にはかすかに涼しい風が届いているようないないような。
「ねぇ、もう脱いじゃおうかしら。裸に白衣って結構良いと思うんだけど」
「捕まりますよ」
あきれた顔でタツキはベッドの方へ向かった。
「あ、小早川君そっちで寝てるわよ〜。熱無いから連れて帰っちゃって」
やっぱりここにいたのか。
さぼらない、と約束したのに目を離すとすぐにいなくなる。
「小早川、職員室に来」
カーテンをめくると、ふんわりとした金髪が視界に入った。純だ。暑くないのだろうか、布団を頭までかぶっている。タツキはそっとベッドに近づき、純の髪に触れた。ふわふわしていて柔らかい。しばらくの間撫で続けていると、純がもぞもぞと動きだした。タツキは慌てて手を引っ込める。
「ん……あ、あれ? 鬼頭先生……?」
「……おはようございます」
「あ、おはようございます」
目をこすりながら純が起き上がる。
「鬼頭先生、どうしてここに……?」
不思議そうに見つめてくる純の目から視線をそらし、タツキはなるべく冷静に答えた。
「こ、小早川がさぼってないか探してただけ」
「小早川君なら向こうのベッドにいたと思うけど」
純がもう片方のベッドがある方向を指さす。向こうのベッドのカーテンをめくれば、ようやくサボり魔を捕まえることが出来る。踵を返したタツキに、純が小さな声で訊ねてきた。
「あの、鬼頭先生。さっき、僕の髪を触ってませんでしたか……?」
「なっ……し、知りませんっ」
タツキは首を横に振った。
「そ、そうですよね、夢だったのかなぁ」
今にも消え入りそうな声で、目に涙を浮かべた純が呟く。顔を真っ赤にし恥ずかしそうにうつむく姿にタツキは負けた。
「ご、ごめんなさい」
「ううっ、やっぱり鬼頭先生だったんですね……どうして……」
「あらあら、何やってんのぉ?」
あきれたような口調で、けれど目だけはきらきらと輝かせためぐみがカーテンの隙間から2人を覗いていた。
「めぐさぁん、鬼頭先生が僕の頭を」
「どれどれ」
めぐみが純の髪を鷲掴みにした。
「ひやぁっ」
「うーん、ふわふわしてて気持ち良いけど、こんな暑い日には触りたくないわねー。あ、そうだ純君。あのねっ、めぐ暑いから脱いじゃおうかなーって思ってるんだけどぉ」
「だ、だめですよぉ」
顔を真っ赤にして首を横に振る純を、めぐみは楽しそうに眺めている。予想通りの反応に満足しているようだ。
「えーっ、ダメかしら。それにしても、タツキちゃんにこんな趣味があったなんてねー。大介君に教えてあげなきゃ」
「先輩に変なこと教えないで下さい」
隣のベッドでまだ寝ぼけている小早川を抱え上げ、タツキはめぐみをにらみつけた。
「うふふっ、どーしよっかなぁ」
大介に教えたところで、髪の細い大介では純のようにもふもふすることは出来ないだろう。けれどこれを話すことで、大介が嫉妬するのなら……。
想像しただけでめぐみの胸がキュンと締め付けられる。
「うふふふふっ」
「な、何考えてるんですか」
「別にぃ〜。それより早く小早川君を連れて帰っちゃってよ、熱もケガもないから」
「ほら、戻るよ小早川」
目をこする小早川の体を支え、タツキは保健室を出た。
「な、何ですって!?」
「落ち着いてよ大介君」
なだめつつもどこか楽しそうなめぐみ。大介の想像通りの反応にめぐみの心は躍った。ほんのちょっとだけ迷ったものの、今日のタツキと純のことをちゃんと教えてよかった。
「稲村先生……タツキさんを誑かすなんてっ」
「違うのよー、タツキちゃんの方から純君の頭を触ったんですって。タツキちゃん、あーいうふわふわした頭の男の人が好みだったんだぁ〜」
呑気な口調で話しつつ、めぐみは大介の様子を窺っていた。案の定動揺している。泣き出しそうな表情もかっこいい。
「ふふ、でも大丈夫よぉ。大介君とタツキちゃん、お泊りするほどラブラブだもの」
「別にそういう関係では……」
「隠さなくていいのよ、純君だってちゃんとわかってるもん。大介君からタツキちゃんを奪おうなんて考えるような悪い子じゃないわ。でも、」
楽しくて楽しくてたまらない、と言わんばかりの表情でめぐみは大介に囁いた。
「タツキちゃんが純君に惹かれないよう、気をつけなきゃね」
「ああああ……」
大介が青ざめる。
「こうしちゃいられません、一刻も早くタツキさんをお嫁さんにっ」
大介が勢いよく保健室を飛び出す。
「うふふっ、いいわねー」