保健室にて

「めぐさんまだかなぁ」
 保健室の椅子に座り、純はあくびをした。
 ――どーせそんなに授業持ってないんだしよく保健室に来るんだから、めぐの代理は任せたわよぅ!
 と白衣を手渡され席に座らされてもう3時間目。めぐみが戻ってくる気配はない。何やってるんだろう、あの人。
「滅多に人来ないんだし純ちゃんも寝れば?」
 と言いつつベッドにもぐり込んだ小早川以外本当に誰も来ない。もういっそのこと寝てしまおうかと思ったとき、保健室のドアが開いた。
「あ、めぐさん遅かっ……」
 純が顔を上げると、黒く長い髪が視界に入った。
「き、鬼頭先生。どうしたんですか」
「小早川がここに来てないかと思って……」
「えーっと……」
 思わずベッドのほうに向けてしまった目を慌ててそらす。見つかったらきっと怒られる。小早川とは一応友達だしかばった方がいいのだろうか。でも目の前にいる彼女も一応友達だ。どこを見ればいいのか迷っていると、タツキがじっとこっちを見ているのに気が付いた。
「うっ……やっぱり変ですよね、この格好」
 純は立ち上がり両手を広げてみせた。めぐみの白衣なので袖も丈も短い。白衣を着た教師というよりは、無理矢理白衣を着せられている不恰好なカカシみたいだ。
「そんな事ない……いいと思う」
「えっ?」
 純は目を丸くした。タツキの頬がほんのりと赤く染まっていて、お世辞を言ったようには見えない。
「お、タツキちゃん」
 ベッドから顔を出した小早川が、タツキに向かって飛びついてきた。
「小早川捕まえたっ……さ、教室に戻るよ」
「えーっやだやだー」
 タツキの胸に顔を埋めながら首を横に振る。小早川の髪がタツキの頬をくすぐった。
「ちょっと、離れなさい。ほらちゃんと戻らないと校長室に連れてくよ」
「それもやだー」
 駄々をこねる小早川を引きずるようにしてタツキは保健室を出た。
「あ、稲村先生。また後で来ますから」
「えっ? あ、はいっ」
 不思議に思いつつも純は頷いた。

「あ、えっと……」
 純は顔を赤くし、口をパクパクと動かした。正直言うと声にならないくらいびっくりしている。
 相変わらずめぐみの帰ってこない保健室に先ほど小早川を連れて出て行ったタツキが戻ってきた。小早川は無事教室に戻ったのだろう。
「稲村先生、この前何でもする、って言ってましたよね」
 タツキにそう切り出され、何か変な事でもされるのかと身構えた純だが、彼女の話を聞いているうちに本当にそんなのでいいのだろうかと不安になってきた。
 ――一緒に夏祭りの見回りをしませんか?
 大まかに言えばそういう内容だ。もちろんOKしたいが野田先生に恨まれないだろうか。
「あの、どうして僕なんかと」
「……見回りしていると毎年変な視線を感じるから、一人でいるのが怖くて」
 なんとなく犯人がわかったような気もするが、純はゆっくりと首を縦に振った。
「僕でよければ」
「ありがとう」
 久々にかけられたその言葉に、思わず目が潤みそうになった。
 恋人でも何でもないただの友人と。デートじゃなくて見回り。
 わかってはいるが夏祭りの日が楽しみで楽しみでしょうがない。

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