約束

「タツキちゃん、僕頑張ったよ」
 帰ってくるなりタツキのそばにかけより、ミツキはテストの順位表を広げた。前回よりもずっと良い点数に、大幅に上がった順位。タツキと約束した順位を上回っている。
「……やっぱり最初からこれくらい出来るんじゃあ……」
 呟きつつもミツキの頭を撫でるタツキ。おめでとう、と言うとミツキが笑顔になった。
「えへへ。ねぇタツキちゃん、約束覚えてるよね?」
「……何か欲しいものでもあるの?」
 ――テスト頑張ったらお願いきいてくれる?
 ミツキはそう言っていた。
「あのねっ、タツキちゃん」
 ミツキが抱きついてきた。前より少し背が高くなっているような気がする。
「タツキちゃん、今度の土曜日にデートしよっ」

「可愛くなーい」
「だって結局いつもの買い物と一緒でしょう……ってミツキ!」
 普段通りの見慣れたブラウスとスカートで部屋から出てきたタツキを部屋に押し戻す。
「今日はいつもの買い物じゃないの、デートなの!」
 ミツキがタツキのブラウスのボタンに手をかける。またミツキが選んだ服を着させられるのか。
「むうっ」
 ボタンを外したミツキがタツキの胸元を覗き込み、おっぱいが足りないと呟いた。すかさずミツキの頬をつねる。ぷにぷにしている。
「うるさい、自分で着替えるから見るなっ出てけ」
「じゃあこれ着てねっ」
 押し付けられた服にはフリルが付いている……本当に着なきゃいけないのだろうか。

「タツキちゃん可愛いよ」
 満足げな表情を浮かべ、ミツキはタツキの左腕にくっついて歩く。
「買い物済んだら帰るぞ」
「えーっ、何か食べて帰ろうよー」
「すぐに帰るの。こんな姿誰かに見られたら……」
 視線を感じタツキは振り返った。生徒達より背の高い――高校生くらいの少年が目を細めてじっとこっちを見ている。
「あ、平田君だ」
「み、ミツキ……だよな」
 平田と呼ばれた少年は2人を交互に眺め、ミツキの肩をつかんでタツキから引き離した。
(おい、何やってんだよ)
(何って、タツキちゃんとデートしてるんだけど)
(何でミツキがあんな綺麗な人とデートしてんだようらやまし過ぎるぞぉっ)
 タツキは首をかしげた。ミツキと少年はひそひそと会話している。お互い名前を知っているようだし、同級生だろうか。
「ミツキ、お友達?」
 声をかけると、少年がおおぅと声をもらした。
(いつの間に名前で呼び合ってんだよどーいう関係なんだよっ)
「平田君落ち着いてよっ……あのねタツキちゃん、平田君はおんなじクラスでね、時々一緒に帰ったりしてるの」
 平田。そういえばミツキの話に時々出てきたような気がする。
「ミツキ君の友人の平田ですっ」
 平田が勢いよく頭を下げた。弟がお世話になってます、と言うと平田の目が丸くなった。
「弟……きょ、姉弟ですかっ!?」
 平田は素っ頓狂な声をあげ、ミツキをにらんだ。
「何で教えてくれなかったんだよこんなに綺麗なお姉さんがいるなんて」
「別に平田君何も訊いてこなかったじゃない」
「そうだけどさ……」
 平田はぼんやりとタツキを眺めた。ミツキの姉だと言われれば確かにそんな感じがする。だがミツキと比べるとずっと大人っぽくてずっと賢そうで好みだ。
「駄目だよ見とれちゃ。タツキちゃんは今僕とデート中なんだから」
(ミツキって意外と甘えん坊でシスコンなんだな……)
 平田がそう気付いたのは、また月曜日に学校でねっ、と手を振るミツキと別れてしばらく経った後だった。

「……疲れた」
 風呂から上がり、パジャマを着たタツキはベッドに倒れこんだ。
 買い物から帰ってきた後もミツキはべったりとくっついてきて、一緒にケーキを食べたりテレビを観たりした。さすがに一緒に風呂に入るのは断ったが、一緒に寝なければならないらしい。
「タツキちゃん」
 しばらくすると部屋のドアが開き、パジャマ姿のミツキが枕を抱えてやってきた。
「一緒に寝よっ」
 言うや否やベッドにもぐり込み、タツキにくっつく。
「あーあ、今日こそ一緒にお風呂に入りたかったのになー」
「いつもそればっかり、何考えてるのよ変態」
「違うもん変態じゃないもん、変なことなんか考えてないもん。そもそもタツキちゃんおっぱい小さいじゃん」
「ミーツーキー」
 タツキは顔を赤くしてミツキの頬をつねった。
「ひゃあ、ごめんなひゃい」
「ミツキの馬鹿馬鹿、えっち」
 頬から手を離しミツキに背を向けると、後ろからパジャマの袖を引っ張られた。
「ごめんねタツキちゃん、もうタツキちゃんの嫌がることはしないから、いなくならないで」
「はいはい」
 ミツキに向き直り頭を撫でると落ち着いたらしく、パジャマをつかむ手がゆるんだ。
「本当にいなくならないでね、お父さんやナツメお兄ちゃんみたいに僕を置いていかないでね」
「……わかってる」
 大事な人がいなくなるつらさなら痛いほど知っている。
 タツキはぎゅっとミツキを抱きしめた。
「タツキちゃん……?」
「さっきのは許す……おやすみ」
「うん、おやすみ」

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