続・貴女の為に

「おいしいですよタツキさん。こんなにおいしい料理を毎日食べられるなんて、ミツキさんは幸せ者ですね」
「えへへ」
 大介の隣でミツキが微笑む。大介の正面にいるタツキは表情を変えることなく料理を口に運んでいる。
 タツキの弟・ミツキに気に入られたらしく、大介はタツキの家で夕食をとることになった。タツキの作った料理は妄想していたものより美味く、ミツキと仲良くポテトサラダをおかわりしたところだ。
「あの、タツキさん。前から気になっていたんですが、そちらの方は……?」
 大介は視線をタツキの隣――ミツキの正面でご飯を食べているスーツ姿の男に移した。タツキとミツキは、まっすぐでサラサラした髪や大きな目など似ている箇所がいくつかあるが、この男は度の入った分厚い眼鏡をかけ寝癖のようにもじゃもじゃした髪の毛をしている。家族でも親戚でもなさそうだし、この家にはタツキとミツキの姉弟2人しか住んでいないはずだ。
「幼馴染み」
 一言だけ呟き、タツキは食事を続ける。
「お、幼馴染み……?」
 大介の不安そうな表情に気付いたのか、「幼馴染み」が口を開いた。
「幼稚園のときから幼馴染みだけど、隣に住んでるってだけで別に恋愛感情なんて無いから安心しなよ。暇なときしかここに来ないし、今日はタツキの彼氏を見に来たんだ」
「彼氏じゃない」
 タツキが不満そうに呟く。
「照れなくてもいいじゃないか、昨日の夜一緒にいたんだろう? 優しそうだしさっきからずっと君のこと見てるし、少なくとも君を置いていなくなるような人じゃ……」
「雅也!」
 声を荒げ、タツキは雅也をにらみつけた。雅也は悪びれる様子もなく肩をすくめる。
「ごめん、言い過ぎたよ。でもこの人、毎日君のことしか考えてなさそーじゃん」
「な、なぜそれを」
 大介は顔を赤くして雅也を見た。そんな大介の反応を見て雅也はニヤニヤしている。
「おにいちゃん、タツキちゃんとお話してるとき嬉しそうなんだもん」
「ミツキさんまで!?」
 慌てて隣にいるミツキを見ると、えへへ、と可愛らしい笑みが返ってきた。
「あ、そうだタツキちゃん。今日おにいちゃんに泊まってもらおうよー。一緒にお風呂に入ったりお勉強教えてもらったりするの。おにいちゃん、いいかな?」
 ミツキが甘えるように大介の顔を覗き込む。タツキに似た瞳に見つめられて、断れるはずがない。
「それはとても嬉しいんですが、どうしましょう。これを食べたら帰る約束ですからねえ……」
「そっかあ……ねえタツキちゃん、駄目?」
 今度はタツキに向かって甘え始めた。首をかしげ、大きな目でタツキを見つめる。
「そんなに先輩のこと気に入ったの?」
「うん。ちゃんと勉強するし、おにいちゃんには迷惑かけないから。お願い」
 大介同様、タツキもミツキのおねだりには弱いらしく、
「……先輩は、構わないんですか?」
 いつもと違って大介に意見を求めてきた。
「僕は構いませんよ。ミツキさん、僕のこと気に入ってくれたようですし、僕に出来ることなら宿題の手伝いでも何でもしますよ」
「わあ、やったー!」
 ミツキが満面の笑みを浮かべる。つられて大介の顔もほころんだ。
 彼女もこれくらい、可愛く笑ってくれたら。

 お兄さんの着替えなら僕の服で良ければ貸すよ、と言って雅也が家に帰った。タツキは台所で夕食の片づけをしている。
 ミツキに強くせかされ、大介はミツキと一緒に風呂に入った。なんとか2人で並んで座れるくらいの大きさの湯船に浸かると、ミツキが口を開いた。
「おにいちゃんごめんね。僕がわがまま言ってケンカしちゃったせいで、タツキちゃんがおにいちゃんの家に行っちゃったんだ。昨日のは僕のせいで、僕が悪いんだ」
 潤んだ瞳でミツキは大介を見上げる。
「タツキちゃん、昨日ずっとおにいちゃんの家にいたみたいだし、お酒まで飲んでたみたいだし……迷惑かけちゃったでしょ?」
「大丈夫ですよ、ちっとも迷惑じゃありません。タツキさんやミツキさんなら、いつ来てくださっても構いませんよ」
 大介はそっとミツキの頭を撫でた。ミツキは気持ち良さそうに目を細める。
「おにいちゃん、良い人だね。僕もおにいちゃんみたいな優しい人になりたいなあ。優しくなってわがまま言わなくなったら、タツキちゃんも僕のこと頼りにしてくれるかな。タツキちゃん最近冷たいし、すぐおにいちゃんの家に行っちゃうし……僕のこと嫌いになっちゃったのかも」
「それは違いますよ、ミツキさん」
 えっ、と呟き、ミツキが不思議そうな顔で大介を見た。
「タツキさんが僕の家に来るのは、貴方の前で泣いたり落ち込んだりしているところを見られたくないからだそうですよ。何があったのかは知りませんが、昨日の件も、貴方のことを強く叱りすぎたって反省してました。少なくともミツキさんのことを嫌いになったわけじゃありませんよ」
「ホントに? 良かった……じゃあ僕も早くおにいちゃんみたいに、タツキちゃんに頼られるようにならなきゃ」
 笑顔を取り戻したミツキを見て、大介は微笑ましく思った。

 2人の入浴後にタツキは風呂に入った。ミツキの部屋の前を通ると話し声が聞こえる。大介はちゃんと服を借りることが出来たようだし、ミツキもわがままを言わず真面目に勉強出来ているようだ。タツキはほっとため息をつき部屋に戻った。
 パジャマを着ながら昨日のことを思い出す。高校生にしては幼く見えるミツキ。もう高2だし甘やかしてばかりじゃ駄目だと思ったが、厳しくしすぎたらしく、暴れて部屋に閉じこもってしまった。大事な時期だというし、先輩にでも相談してみようと思い家を出たのだ。酒を飲んだのは確か、ミツキの態度にいらついたのと、自分が情けなくなったのとで。
 改めてミツキと先輩に謝っておこうかなと思ったとき、すぐそばでくしゃみの音が聞こえた。辺りを見回すと、ベッドの近くに眼鏡が置いてある。タツキはベッドに近づき布団をめくった。
「……やあ」
「雅也……着替え見たのか、変態」
「見てないよ君の貧相な体なんて。そもそも眼鏡かけてないから見えないし、ピンク色の可愛らしいパンツなんて一切見ていないよ」
「見てるじゃないか」
 タツキは手を伸ばし雅也の頬をつねろうとした。が、雅也は巧みにその手をかわす。
「だいたいなんでお前がここにいるんだ」
「君の家で何度か昼寝した結果、このベッドが1番フカフカで寝心地が良いって気付いたんだ」
「だからって人のベッドで寝るなっ」
「今日はいいだろう? 君は両親の部屋にでも行って彼氏と仲良く一緒に過ごせばいいじゃないか」
「彼氏じゃないって何度言えばわかるんだっ」
 タツキの手がようやく雅也の頬を捉える。
「い、痛いよタツキ。放してくれないか。あと、離れてくれるとありがたいな。君の彼氏が見てるよ」
 タツキが振り返ると、部屋のドアを開けたまま大介が固まっていた。雅也にまたがり頬をつまむタツキと、その下で布団にくるまったままタツキの髪を引っ張る雅也を交互に眺め、泣きだしそうな声で呟いた。
「やっぱり貴方達、ただならぬ関係じゃ……」
「違う」「違います」
 2人の声が重なった。ぴったり息の合った2人の前で大介が青ざめ、目を潤ませたまま口をパクパク動かしている。タツキはベッドから下り、雅也は頬をさすった。
「それより先輩、ミツキは?」
「ミツキさんでしたら、疲れて眠ってますよ。お勉強の内容もきちんと理解出来たようで、僕にもすっかり懐いてくれたようですし、なんだか弟が出来たみたいでしたよ」
「アレ懐いてるんじゃなくて引き離そうとしてるんだよ」
 雅也が毛布にくるまったまま呟く。タツキにつねられた頬が少し赤くなっていた。
「僕も前に同じ目にあったからね。ミツキ君、甘えた振りしてタツキから男の人を遠ざけようとしているみたいだよ。タツキがあのお兄さんのことで今でも落ち込んでるのを見て、彼なりに悪い虫がつかないよう気をつけてるんだろうね」
「じゃあ僕のことも……」
「警戒してるだろうね。まぁ、お兄さんなら大丈夫だと思うけど。もう眠いから僕は寝るよ、おやすみ2人とも」
 雅也が手で2人を追い払う。タツキと大介はつられて部屋を出てしまった。
「あの、タツキさん。どうしましょう」
 視線が合い、気まずくなった大介が口を開く。タツキはすぐに顔を背け、
「その服脱いで寝ようとしたら、先輩のこと嫌いになりますから」
 大介の服の袖をつかんだ。
「……何ニヤニヤしてるんですか先輩」
「ふふ、嬉しくて仕方がないんですよ。貴女からこうやって触ってくることなんて滅多に……ああ、照れないでくださいよ」
 触ってくる、まで言ったところでタツキが手を離した。大介は慌ててその手をつかみ、自分の方へと引き寄せる。
「もっと触れてくださってもいいんですよ、貴女は僕の未来のお嫁さんなんですから」
 目線を合わせ、いつものように笑みを向けると、彼女の頬が少し赤くなった。
「顔を近づけるな変態。なんか気持ち悪い」
 目をそらすと、くすくすと笑い声が聞こえてきた。からかわれているようで腹が立ったタツキは、視線を戻しじっと目の前の先輩を見つめた。
「でも顔赤いですよ? 気持ち悪いんじゃなくてきっと僕のことを、」
「鼻血出てますよ先輩」
 タツキから手を離し慌てて鼻を押さえる大介を置いて、タツキは寝室に向かった。
「待ってくださいタツキさーん」
 後を追って部屋に入ると、タツキはすでにベッドの右側にもぐり込んでいた。
「先輩に言ってなかったんですけど、私、裸で寝る人とすぐに鼻血を出す変態が嫌いなんです」
「誤解しないでくださいよタツキさん。さっきのは頬を赤く染めて僕のことを見つめる貴女がとても愛らしかっただけで、決して変な事を考えていたわけではないんですよっ」
「お布団汚す人も嫌いです」
 ティッシュを手渡され、大介は鼻をかんだ。鼻血はもうおさまったようだ。
 それにしても、何故彼女の前でだけ、それも結構大事なときに限って鼻血が出るのだろう。
「あと、ここからこっちに入ってくる人も大嫌いです」
 タツキが手でベッドの右半分を示す。寝相だとごまかして抱きつけば、多分二度と口を利いてくれなくなるだろう。嫌われるのだけは御免だ。
「気をつけておきます」
 大介は服を着たまま、ベッドの左端で小さく丸まった。

戻る