遅刻しました

 入学してから10日くらい経った。
 未だにどこに何があるのかわからず、俺は次の授業教室である音楽室を探していた。まだあまりクラスになじめていないせいで場所を聞きそびれてしまった。辺りを見回してもクラスの人はいないから、音楽室は多分この辺にはないのだろう。俺にはそれくらいしかわからない。
「……あ」
 周りの生徒とは違う名札――2年生がいた。髪の長い美人だ。
「なぁ、音楽室知らない……ですか?」
 俺の問いに、その2年生は黙って首を横に振った。
「…………知らない」
「2年生なのに?」
「今週転校してきたばかりだから」
 見ると、彼女も教科書を抱えている。俺と同じ、迷子だ。
 不意に、彼女が俺の手を握ってきた。
「な、何?」
「音楽室、探してあげる」
「でも、」
 手を引かれ、俺は彼女について行った。しばらくすると、バタバタと足音が聞こえてきた。
「タツキちゃん!」
 背後から駆けて来た女子(2年生)が、俺の手を引く2年生に抱きついた。
「朝野……」
「タツキちゃん遅刻しちゃうよ〜。……この子は? タツキちゃんの弟?」
 朝野と呼ばれた女子は大きな瞳で俺をじっと見つめている。
「違う。音楽室を探してあげてるだけ」
「音楽室ならそこの階段を上がってすぐのところにあるよっ。タツキちゃんも、早くしないと遅刻だよっ」
 タツキちゃんに抱きついたまま、朝野さんは廊下を走っていく。
 チャイムの音で、俺はようやく我に返った。

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