Bloody Thirsty
血を吸い取ったかのように赤い舌と唇。
たくさんの血を浴びていながら、陶器のように白い肌。
緩やかに波打つ、長い長いブロンドの髪。
焦点の定まっていない青い瞳。
血で染めたドレスに、玩具のように転がる幼い子供の首。
小枝のように細い指が、私の髪を梳いていく。
「エバ……可愛い可愛い私の子」
それはまるで悪魔の呪文のように。
私にずっとつきまとう。
「ねぇいづる、どう? 真っ黒でしょう?」
黒いドレスに身を包んだ黒髪の少女が、ドレスの裾をつまみ優雅に一礼してみせる。
「わー見事に真っ黒ですねー」
ベッドに寝転がった青年が顔も上げずに答えた。
「ちゃんと見てよっ。せっかくいづると同じ黒髪に染めたんだから!」
青年は顔を上げ、少女の頭を見た。何だその頭、と聞こえたような気がして、少女はベッドに蹴りを入れた。
「……お・そ・ろ・い。似合うでしょ?」
「……でも目がまだ青いんですが」
「これは仕方が無いじゃない。目を黒く染めるワケにはいかないでしょ。それより、早くここを出ましょう」
「もう出るんですか」
「そうよ。暗くなる前にここを出るの。列車に乗れば明日には他の町に着くでしょう? 早く遠くに行ってしまいたいんだもの」
「はいはい」
青年は少女の頭を撫でた。少女はニッコリ笑って荷物を青年に押し付ける。
「さ、行きましょうか」
気が付いたら知らない国にいて、お嬢さんがいた。元々はお嬢さんの家で働いていたのに、いつの間にかとんでもない城でとんでもない暮らしをしていた……ようなのだが何も思い出せない。自分の名前さえも思い出せないから、お嬢さんに付けてもらった。日出づる国の人だから、いづる。
今お嬢さんは城から逃げ出して、より城から遠ざかろうとしている。城で拝借した宝石を売りながら、お嬢さんはここまで来たのだ。
「煙草臭いわ、いづる」
お嬢さんが手で煙を払いながら顔をしかめる。なので仕方なく火を消した。列車の外は真っ暗で、もう見る景色などない。お嬢さんはしばらくの間、窓に顔を貼り付けてじっと外を見つめていたが、やがて飽きてしまったらしく手荷物から宝石を取り出した。
「うーん、次はこれかな」
「大丈夫なんですか、勝手に他人の城の宝石を売りさばくなんて。足がつくんじゃないですか?」
「大丈夫よ。足がつくほど珍しいやつはみーんな置いてきたもん。ここにあるのは全部、家にもあるようなありきたりの宝石よ。あの城からじゃなくて、私の家から持ってきたものとして売れば問題ないわ」
ほら、とお嬢さんがドレスの胸元を指差す。お嬢さんの家紋の入ったブローチが、車内の明かりを受けて輝いている。
「……立て続けに宝石を売って、お嬢さん家の評判下がりませんよね……」
「下がる頃には気付くはずよ。私達が生きてるってこと、私達に何かあったんだって事に。だってこれは私だけのブローチだもん」
お嬢さんはぎゅっと胸元のブローチを握りしめた。
「ねぇいづる。私眠くなってきたわ。着く前に起こして頂戴」
「はいはい」
「エバ様のお母様は、とてもお美しいですわね」
私に向けられたその言葉が、私の名前ではないことに気付いた。
目の前にいる、ドレスで着飾った可愛い少女。似たような少女を、この城の中で何度も見た。血を抜き取られ、身体をねじ曲げられ、首だけになった少女達を。飾られた首は人形のように美しく、空っぽの瞳で空を見つめていた。
――首以外の部分の行方を、私は知っている。
きっとおそらく、何事もなく飲んできた紅いモノが、何事もなく口にしてきた料理が――。
「……違う」
私は、そんな人間じゃない。
逃げなくては。
はぐれて迷って一人ぼっちにならないよう、目の前の少女を彼女の親の元へ帰した。そして部屋に戻り、与えられた宝石の中からありふれたものを選び取る。パーティが終わる前に、あの人がやってくる前に、なんとかしてここを出ていかなければ。
赤いドレスの裾をつまみ、私は走る。開いたままのドアを、行き交う人ごみに紛れて飛び出していこうとすると、腕をつかまれた。ぼんやりとした表情で私を見つめる男は、多分私と一緒にここへ連れて来られた人だ。
「……っ!」
足音が聞こえてきた。もうためらう余裕なんて無い。腕を放してくれない男ごと私は走った。
「お嬢さん」
はっと目を覚ますと、青年が心配そうにこちらを見ていた。
「うなされてましたよ」
「うん……あの夢を見たの」
目をこすり、窓の外を見つめる。どんなに目を凝らしても、真っ黒で何も見えない。この列車は、今どこを走っているのだろう?
「ところでお嬢さん。あの城でお気に入りが、しかも1度に2人も消えちまったら、女王様は一体どうするんでしょうね?」
「……さあ?」
少女はわざとらしく首を傾げた。
「どうするんでしょうね……」
思い出したくもないブロンドの髪が、頭の隅にちらりと浮かんだ。